愛してるの代名詞

咲坂ゆあ

さよならの代名詞

1 


 世界や社会は常に人類に向けて最適化が進められているにもかかわらず、私はどんどん不適合者に向かって進んでいる自覚がある。


――「忘れさせてやろうか」


だからあの日、彼の言葉にそそのかされたのは、一種のバグが引き起こしたエラー。これを一つの恋と呼ぶのならば、その始まりは誰も知らない。




「うん、完成。有馬、すごく綺麗だよ」


 友人の肌から手を離して鏡越しに語りかけると、多幸感に満ち満ちた彼女は緊張させていた頬をゆっくりと綻ばせた。


「結城〜……!本当にありがとう」

「待って、泣いちゃダメ。せっかく綺麗になったのに、台無しだよ」


 「でも、泣いても私がすぐに戻すから安心してね」と伝えて有馬の目の縁を優しく拭えば、頼もしいな、と彼女の目は優しいかたちを作った。


 ひと仕事終えた私は緊張感を逃すように大きなため息を吐き出した。緊張した。人よりも化粧品の知識はあれど人様、それも花嫁のメイクなんて人生に一度の大舞台を私が施すなんて、考えてもいなかった。


 今更指先が震えた。けれども有馬の笑顔を見れば、引き受けて正解だったと思える。メイク道具を仕舞うと、張り詰めていた緊張が緩み、つい欠伸が漏れた。早起きが祟ったらしい。


 有馬は大学時代の友人であり、卒業後も定期的に会う数少ない親しい友人の一人であった。祝い事が重なり、友人たちには申し訳ない気持ちを抱きつつも、「楽しみだね」と言い合ったことが懐かしく思い出される。


 そんな有馬が突然結婚式当日のメイクを依頼した。突然のことにおどろいたので最初は断った。けれどもこの依頼も、有馬なりのやさしさだと感じたので引き受けることにしたのだ。


 私が少し憧れていたが実現しなかったガーデンパーティーを選んだ二人を祝うかのように、今日は素晴らしい晴天に恵まれている。「お互い都内に住んでいるのに、地元で挙げることになって申し訳ない……」と有馬は少し気を使っている様子だったが、結婚式を兼ねたこの一泊旅行は楽しみでもあった。


 私は、二人の祝福の邪魔にならないように、会場の隅に静かに溶け込んでいた。 テーブルには丁寧に盛り付けられた料理が並び、至る所には二人の好きな花らしいひまわりが飾られている。


 結婚式。女性なら一度は憧れ、夢見るもの。けれども私にとって苦い記憶を想起させるきっかけもなった。

 

「さあさあ女性陣のみなさん、中央にお集まりください!」


 一際晴れやかなアナウンスが流れたのは、ブーケトスの案内だった。


 独身の女性たちが中央に集まる。参加する理由はもちろんあるけれど、そこまで図々しさを持ち合わせていない私は、隅でちょこんとその様子を見ていた。おもむろにカウントダウンが始まる。


「おねえちゃん、行かないの?」


 親族だろうか、それともゲストの娘だろうか、女の子が私を見上げていた。

 

「……え?ううん、私は良いんだ」

「そっか、おねえちゃんはおとこのひとなんだ」

「や、ううん、生物学上ではれっきとした女だよ」

「じゃあ、行こうよ」

「あっ、ちょっと……」


 カウントダウンの最中、見知らぬ女の子に手を引かれた。白い風船をひとつ、大事そうに引くその子は片方の手で私の手を引くから、私も輪の外周の一部になる。


 まあ、こんな所まで届くわけないよね……。


 怠惰な気持ちで参加していると、あっという間にカウントダウンはゼロになり、花束が青空を横切った。見上げた空には白い風船が飛んでいた。


 本当は。



 ──……『あやみは俺がいなくても、生きていけるでしょ』




 本当は、私が先にブーケを渡すはずだった。

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