この美しい世界で泥のように生きる

終うずら

第1章 工業地帯編

第1話 邂コウ

 地球は限界だった。

 自然はバランスを取るように狂った気候で都市を飲み込み、海を膨れあがらせ、大地を砂で覆った。

 やがて、生き残った人類は地下へと逃げ、地上での繁栄は過去のものとなる。

 それから数百年後。

 しぶとくも、地上に人類の姿はあった。




──荒野に響く低いエンジン音が、静寂をかき消す。

 ヴォルフ・シュトラッサー少尉は、TAW(Tactical Armored Walker)のコックピットでモニターを睨んでいた。

 短く刈り込まれた金髪、鋭い青の瞳。

 無機質なモニター越しに映るのは、砂塵にまみれた瓦礫の大地。

 うんざりするような景色に自然と呟く。


「……終わってるな」


 無線越しに、低く静かな呼吸音が聞こえる。

 無人運転のトラックを挟んで隣を走っている、僚機のパイロットが短く笑った。

 アレク・クルーガー准尉。

 俺と同期で、皮肉屋で少し気取ったところがあるが、腕は確かだ。


「何が?」


「この地上の有様も、俺たちの状況も、全部だ」


 どこまでも続く景色を見渡せば、砂に埋もれた瓦礫の隙間から骨のように突き出た鉄筋が無造作に折れ曲がっていた。

 かつてはここにも都市があったのだろう。

 だが、その面影はもうどこにもない。

 高層ビルの残骸は崩れ落ち、巨大な墓標のように静かに佇んでいる。


「きっと地獄のほうが、まだマシだ」


 アレクが鼻で笑う。


「少尉が地獄なんて信じてたとは……」


「黙れ、准尉」


 ヘルメットの内側で唇を噛む。

 話す相手がいるのはいい、さっきまでのイライラが幾分か和らいだ。

 それでも、目に入るのは変わらない風景。

 砂に埋もれたコンクリートの塊と、風に削られたビルの骨組み、どうにも気が滅入る。アレクも同じ感想だったようで、無線から、声が聞こえてくる。


「ところで、このルートを決めた奴は地上を歩いたことあるのか? 瓦礫と砂埃で視界最悪だってのに」


 突風が吹き、細かな砂塵が機体の装甲を叩く。

 アレクの言う通りこれほどの砂嵐では、敵の接近ですら感知が困難になる。


「まぁな、でも警戒はしとけよ。男と死ぬ趣味はないからな」


「冷たいねー」


 アレクが笑った。

 気楽な口調だが、無線越しにも分かるほどに緊張が滲んでいる。


「それにしても初出撃で上司二人のTAWが壊れるなんて、最高にツイてるな」


 アレクが皮肉を言う。

 しかし運が悪いのは本当だ。

 昨夜、基地を出発して4時間後だった、12機のTAWによる夜盗達の襲撃を受けた。襲撃自体は珍しくないが、今回は規模が大きい。

 もしガルシア隊長とハルト中尉がいなければ、俺たちは今頃ここにはいなかっただろう。

 結果、4機いた護衛は2機に減り、不安を抱えたまま輸送することになった。

 さらに悪いことは重なるもので、偵察隊から貰ったルートはこれまた最悪だった。


「あぁ。でも、やることは変わらないだろ。敵が出てきたら撃つだけさ」


 頭の片隅で次も同規模の襲撃が来たら、と一瞬考えてしまう。

 しかし、直ぐに悪い考えを振り払うと悪運がこれ以上重ならないことを願った。




──その進路の遠く。

 半壊した廃墟の屋上に伏せながら、ジーク・ウィルダは双眼鏡越しに輸送隊を観察していた。

 風が砂塵を巻き上げ、双眼鏡の視界を微かに揺らす。

 照りつける日差しのせいで、バンダナを巻いていても汗が流れ目尻にしみる、

無性に目をこすりたいが、この砂塵の中ゴーグルを外せば大惨事だ。


「……護衛が少ない……誰かが削ってくれたか」


 背後で、ヴィオラ・ノックスが狙撃銃を構えながら小さく笑った。


「そうね、でも油断はできない」


 振り返ればいつもの感情の起伏がない顔で双眼鏡を覗いている。

立ち上がると頭に積もった砂埃払いながら「戻るぞ」と声を掛けた。

 ヴィオラの言う通り、2機といえど油断はできない、何故なら機体の性能は向こうが格段に上だ。


 屋上から階段を駆け足で下り、止めていたTAWに乗り込むとバンダナを外して一呼吸する。

 やがて無線のスイッチを押した。


「全機、襲撃準備!」


 呼応するように、砂塵の中5機のTAWのメインカメラが光った。




 劣悪な視界の中、警戒をしながら走行していたヴォルフ達の視界の端で何かが一瞬光った。


「お出ましだな!」


「あぁ、散開だ!」


 リモートでトラックを停車させる。

 少しの沈黙の後、周囲は激しい爆発音と炎に包まれ、モニターには危険を知らせるアラートが鳴り響いている。

 その直後、瓦礫の影から敵TAWが出現した。

 TAWが現れたタイミングから考えて着弾とタイミングを合わせて詰めてきたのだろう。


「来いよ、野蛮人……っ!」


 即座に、35mm機関砲アサルトライフルを連射する。

 足さえ止めさせればこんなポンコツ共は敵じゃない。


「アレク、先頭の奴からやるぞ」


「おう」


 機体が撃ち出した銃弾が命中し敵の装甲が火花を放つ、すると狙い通りに敵の先頭を走る機体がスラスターを噴かして回避行動をした。


──激しい炸裂音が鳴り響く。


 アレクの射撃が命中した。

 敵機は大きく仰け反り、そのまま転倒する。


「……悪い、少し上に弾が逸れた」


「任せろ」


 アレクの言う通り、コクピットを狙った弾は僅かに右に逸れて、敵機の腕に命中していた。

 とどめを刺すために、転倒した敵機を激しく撃ち込む。


「じゃあな、野蛮人」


 しかし、射線を遮るように2機のTAWが腕でコクピットを守りながら割り込んでくる。


「クソ、邪魔だ!」


 撃墜できれば何でも良い、35mm機関砲の弾を割り込んで来た機体に叩き込み続ける。

 しかし、先程とは違い敵機の両腕が35mm弾を弾く金属音が聞こえてくる。

 その隙に、転倒していた敵機は壊れた腕を切り離すと、態勢を立て直して動き出した。


「最悪だ、レールキャノンの調子がおかしい」


「落ち着け、全部で4機だこのままだと囲まれる。その前に1点を突破するぞ!」


 そう叫ぶと同時に、遠くでマズルフラッシュが見えた。


「クソッ! ……スナイパーか!」


 気づいた時にはすでに遅かった、轟音とともに撃ち込まれた弾が自機に命中する。

 強い衝撃とともに機体が揺れ、身体がシートに叩きつけられ、

システムの赤い光と、警告音が鳴り響く。

 右腕の関節部が完全に逝った。


「全部で5機か……」


 スナイパーがいるなら脚を止めれば確実にスクラップになる。

 急いで機体を建物の陰に移動させようと立て直すが、次の瞬間には別の火線が降り注ぎ退路を塞がれる。

 敵は統率の取れた動きをしていた。


「このままやられると思うなよ……!」


 ここまでは、恐らく敵の狙い通り。

 狙いを崩すには仕掛けるしかない。


「アレク! 敵機に取り付くぞ!」


 スラスターを最大出力にする。

 爆風を巻き上げながら、一気に敵機へと詰め寄った。

 降り注ぐ銃弾も味方が近くては撃ち込めない。

 銃弾の雨が止んだ。


「この距離なら、どうだ」


 目の前の敵機に近距離で機関砲の火を噴かせる。

 炸裂する弾丸が装甲を砕く。

 次の瞬間、黒煙が上がり、敵機はバランスを崩して無防備な状態になる。

 二度目の硬直、絶好の仕留めるチャンスだ。


「アレク、今だ!」


 アレクが照準を合わせ、レールキャノンを発射──

 しかしその瞬間、視界が白く覆われる。


「クソッ……! スモーク弾か!」


 アレクが舌打ちする。


「これはまずいな……!」


 咄嗟に距離を取ろうとするが、すでに敵は周囲を取り囲んでいた。

 再び周囲から弾が降り注ぐ、その中再び遠くでマズルフラッシュが見える。


「アレク! 足を止めるな!」


 アレクに呼びかけると同時に大きな銃声が響く。弾はスラスターを吹かし始めたアレク機の膝関節を貫いた。


「ヤバ、ついてねぇ……ッ! !」


 勢いよく移動を始めたアレクの機体がバランスを崩し、そのまま崩れた建物に激突する。

 その瞬間、アレクの移動によって敵の包囲に空いた穴を抜けようとするが、その隙に敵機が背後に詰め寄っていた。


「くそっ……が!」


 ヴォルフはスラスターを吹かし、機体を旋回させ敵機に照準を合わせる。

 すかさず機関砲のトリガーを引こうとしたが、次の瞬間「バチン」という音が鳴り響いたかと思うとモニターはブラックアウトし操縦が効かなくなった。


「ッ……!」


 機体が硬直し、システムが完全にダウンする。




 膝をつくように、稼働を停止したTAWを見てジークは呟いた。


「まさかこんなに早くお別れになるとはな、高かったのに」


 使い捨てEMPの残骸は役目を終えて転がっている。


「ジーク、急がないと増援が来るかもしれねぇぞ!」


 エリックが無線で怒鳴る。

 こいつは声が大きくて耳が痛くなる。

 元が取れるくらいの積み荷であることを祈りながら、輸送トラックのハッチを開ける。


「……なんだ、これは……?」


 そこにあるはずの物資の箱はなかった。

 代わりに、少女がいた。

 コンテナの奥、暗闇に溶け込むようにうずくまるその小さな影。肌には緑の蔦が絡みつき、腕や首からは根のようなものが伸びている。呼吸に合わせて、蔦が心臓のように脈打っていた。

 それはまるで、人ではない何かが、彼女の中で息づいているようだった。

 予想もしていなかった出来事に、思わず息を詰める。


「おい、お前ら……見ろよ」


 ヴィオラも恐らく見えたのだろう、彼女の声が珍しく引きつっている。


「……人間か?」


「……さあな」


 少女はゆっくりと顔を上げた。

透明な翡翠色の瞳が、怯えながらもこちらを捉える。


「……助けて」


 かすれた声が、聞こえた気がした。

後方で待機している仲間に無線で呼びかける。


「ライオネル来てくれ、戦利品を回収する」




 ジーク達がトラックを漁っている頃。

 ヴォルフは機能不全に陥ったままのTAWの中で、歯を食いしばった。

敗北の事実が、何よりも重くのしかかる。

 おまけにさっきから手動でコクピットを開けようとしているのに全く開かない。


「昨日から何だってんだよ……クソッ!」


 暗いコクピットの中で、無線ノイズが聞こえた。


「アレク! 無事か! ?」


 アレクはコックピットの通信を開き、乾いた笑いを漏らした。


「はは……ヴォルフ、今日はお互いツイてるな……」


「黙れ……どこがだよ」


 状況は最悪だが、戦友の生存に少しほっとした。


 しかし安心と同時に野蛮人ごときに敗れた、という事実を再確認する。


(もし、ガルシア隊長とハルト中尉が間に合っていたら──)


 頭の中で何度も想像する。

 だが、どれも勝てたという確信には繋がらなかった。


「まだ終わってない」


 ようやくコクピットが開いた瞬間、砂塵が吹き込み、ヴォルフのバイザーを薄汚れた茶色に染めた。

 機体から一歩踏み出せば、熱を帯びた空気が全身を包み込む。


「……クソッ前言撤回だ、きっとここが地獄だ!!」


 曇った視界で周りを見渡せば野蛮人たちが積み荷を漁っている。

 ……いや、正確には、漁り終えて去ろうとしていた。


「ヴォルフ! 撃ち込まれててこっちからは撃てない!」 


 無線からアレクの声が響く。


「分かってる!」 


 機体のシート横にある自動小銃を取り出し、トラックに向かって撃つ。

 しかしすぐに敵のTAWが射線を遮ってくる。

 大きな鉄の塊に、対人用の銃では意味がないのは分かっていたが。しばらく撃ち続けた。




 襲撃者が去り1時間ほど経った頃。

 2機の旧式TAWがこちらに向かってくる。


「──遅かったか、少尉状況を報告しろ」


 ガルシア隊長の冷たい声が無線に入る。

 深く息を吐き、落ち着いた声で応じた。


「野盗5機による襲撃を受け、輸送対象を奪取されました」


「敵はEMPやスモーク弾を装備、行動は非常に統率が取れており、練度のある集  団と推測されます」


「それからスナイパー機はかなりの実力でした。加えてクルーガーとシュトラッサー、共に大きな被害はありません。しかし、クルーガー機が中破、私の機体もシステム系統がやられています」


「……そうか」


「中々だな、ここまでやるとは」


 無線越しに、ハルト中尉の声が聞こえた。

 ヴォルフとアレクに向けられた言葉ではなく。まるで 敵の実力を認めたかのような口調だった。

 続けて、ハルト中尉は少し声を和らげる。


「お前たちも、よくやったよ。まずは生き残った、新人の初仕事としてはOKだ」


 悔しさに、思わず息を詰めた。


「俺たちが追う。少尉、お前と准尉は一度戻れ」


 ガルシア隊長の指示が聞こえる。

 追撃したい気持ちをグッとこらえ。

 拳を握りしめながらも、敬礼の姿勢を取った。


「……了解しました」


 敬礼をしたまま、視界の端で2機の旧式TAWが砂塵を巻き上げながら去っていくのを見ていた。


「……帰り道ぐらいは平和だといいな」


 アレクがぼそりと呟く。

 その言葉に苦笑いをしつつ、無言で倒れたトラックの荷台を見た。

 埃まみれの車内に、わずかに転がる飲みかけのペットボトル。

 本来、そこには物資があったはずだった。

 いや──俺たちは一体何を運んでいた?


 答えはわからない。

 ヴォルフは瓦礫だらけの戦場を見つめたまま、ただ立ち尽くした。押し寄せる敗北感が、全身をじわじわと冷やしていく。

 やがて足元に転がっていた空の弾倉を拾い上げると、アレクのヘルメットめがけて投げつけた。


「……クソッタレ!!」


 投げた空弾倉は綺麗に飛び、アレクのヘルメットに命中する。


「痛てぇよ!」


 どうせアイツらも、あの二人からは逃げられやしない。少し冷静さを取り戻したヴォルフは、帰投の準備を始めた。




 その一方、追撃を始めたハルトは口元を歪め、愉快そうに呟く。


「二人とも訓練じゃ優秀だったんだ。相手も中々やるってことですね」


「……実戦は訓練とは違う」


 ガルシアは冷淡に応じる。


「だが……部下の尻拭いはしてやらんとな」


 その言葉には、焦りも苛立ちもなかった。ただ当然のことを告げるように。

 荒野に散らかる建物の残骸の隙間から、2つの黒い影が遥か遠くでジーク達を見つめていた。


「やつら、山間部に入るみたいですね」


「いいさ、お手並み拝見といこう」


 呼応するように、影の中で2つの赤い光が滲むように灯る。

 それは、獲物を見つめる捕食者の瞳のように、静かに、執拗にジーク達を見つめていた。

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