ご令嬢たちの憧れの的の侯爵令息様が、なぜかめちゃくちゃどもりながら真っ赤な顔で私に話しかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
第1話
婚約破棄された。
婚約破棄されてしまった。
もう十六歳なのに。七年間も婚約してたのに。
彼との……アリソン伯爵家嫡男、スチュアート様との婚約関係は、うちの命綱でもあったのに。
週末突然、彼は老朽した我がセレント男爵家を訪れ、私の部屋でサラリとこう告げた。
『すまないね、シャーリーン。キャンディスがどうしても僕と結婚したいと言うものだからさ……。悩んだ末に両親に相談したら、君との婚約を白紙に戻して、コーリー子爵家との縁談を進めようと言ってくれたんだ。キャンディスがね、僕じゃないとダメだって言うんだよ。あんなに引く手数多の、社交界の華がだよ? 信じられないよね。僕も最初は、何かの間違いかなって。でもさ、キャンディスの僕への情熱は本物なんだよ。結婚してくれないなら死ぬなんて言うんだ。あの大きな瞳に涙を浮かべてさ。へへ。可愛い』
スチュアート様はまるで惚気話でもしに来たかのようなだらしない顔でそう言うと、困ったなーといった具合に自分の頭をポリポリと掻いたのだった。
『だからごめんね、シャーリーン。あ、セレント男爵領との取り引きの一部は続けてもいいって父も言っていたから、まぁ、互いの家にとって悪くない解決方法を見つけてくれると思うよ。……じゃ、また来週学園でね』
最後まで一方的に身勝手なことを言いながら、ただただ呆然とする私を置き去りにして、スチュアート様はデレデレしながら帰っていったのだった。
(……どうしよう。そこそこ裕福で領地経営も順調なアリソン伯爵家とのご縁は、貧乏なうちにとって本当に唯一の命綱だったのよ。このままじゃ、弟や妹たちまで食うに困る生活を強いられることになるかもしれないわ。学園入学も難しいだろうし、まともな縁談も結べるかどうか……。いや、その前に、私も退学しなきゃじゃないの……?)
狭い領地はただでさえ不作が続いており、その上バカ正直な父は商売下手で、いつか自力でこの苦しい生活から脱却できる見込みは、今のところその兆しもない。
あの日以来まだ呆然としたままの私は、翌週、半ば無意識に身支度を整え、学園に登校し、先のことを頭の中でグルグルと考えながら廊下を歩いていた。周囲の生徒たちの声が、時折耳に飛び込んでくる。
「ほら、シャーリーン・セレント男爵令嬢よ。婚約破棄されたんですって。アリソン伯爵令息から……」
「ええ、聞いたわ。あのどなたにも愛想を振りまいているキャンディス・コーリー子爵令嬢と、新たに婚約なさるそうよ。お可哀想にね。シャーリーンさんのご実家って、とても貧しいって聞いたわ」
「うちの母も言っていたわ。年々追い詰められていっているみたいね。そりゃアリソン伯爵家も、自分のところと同じくらい裕福な家と縁を結んだ方が利があるとは思うけれど……」
「退学するのかしら」
「学費も厳しいわよね、きっと」
……社交界、おそるべし。すでに生徒全員が知っているんじゃないかと思うほど、歩いているだけであちこちから私に対する同情の声、好奇の視線がビシバシと届く。げんなりするくらいだ。
その時。廊下の向こう側から、しっかりと腕を絡めて互いに顔を近付け、蕩けたような表情でイチャイチャしながら歩いてくるスチュアート様と、キャンディス・コーリー子爵令嬢の姿を見つけた。
(……最悪だわ。最っ悪。何なの? 週末に婚約を破棄されたばかりの私の立場とか、気持ちとか、欠片ほども考えてくださらないわけ……??)
案の定、周囲のご令嬢方が色めき立った。
「見て! ほら、アリソン伯爵令息とキャンディスさんよ!」
「すれ違うわ! シャーリーンさんとすれ違うわよ」
「やだぁ、可哀想。セレント男爵令嬢、なんて惨めなのかしら……」
もはやただの余興だ。見物客と化した令嬢たちが一斉に私のことを見る。
だが肝心のスチュアート様は、私の存在にまるっきり気付きもせず、隣のキャンディス嬢のことだけを見つめながらスーッと通り過ぎていったのだった。学園一の美貌と謳われる華やかな容姿のキャンディス嬢は、ほんの一瞬チラリと私を見たけれど、すぐに目を逸らし、スチュアート様と見つめ合いながらキャッキャとはしゃいで行ってしまった。
「ねぇ! 気付かれもしなかったわよ、シャーリーンさん」
「嘘でしょう。いくらあの方が地味だからって……」
「仕方ないわよ。キャンディスさんはピンクブロンドに空色の瞳の華やかな美女、対してシャーリーンさんは……」
はいはい。対して私はよくある普通の栗色の髪に栗色の瞳の、パッとしない平凡顔ですよ。すみませんね地味で。
そんな無数の目とヒソヒソ声の中を、魂の抜け殻のようになって歩いていると、中庭辺りにいつも見かける華やかな集団がいることに気付いた。
私のことをヒソヒソしている下位貴族のご令嬢方とは雰囲気の違う、気品漂う美しい高位貴族のご令嬢方。
髪の毛の艶も、身に着けるものの高価さも段違いな彼女たちの集団の中央には、おそらく話題のあの人がいるのだろう。
でも私には何の関係もない話だ。そして興味もない。
そんなことより、どうしよう。これからどうしよう。私の頭にあるのはそれだけだった。
(でもとにかく、ひとまずは教室に向かわなくちゃね……)
ぼんやりと視線を落としたまま、私は足を止めることなく廊下を進み、ただこれからのことだけを考えていた。
「…………あ……あの……っ」
(どっちにしろ、もう卒業までここに通うことは無理だわ。こうなった以上覚悟を決めて、一刻も早く退学の手続きをしなくては……)
「たっ、……大変、し、失礼いたしますがっ、そ、その……」
(お父様やお母様は気を遣ってくれているけれど、ちゃんと私の方から退学を言い出さなきゃね。そして私も働き手の一人として、何かできる仕事をやらなくちゃ……)
「す、す……すみ、すみま」
(何もせず修道院に入るよりも、こうなったらどこか、大店の経営者の後妻とか……、貴族にこだわらなければ、私をもらってもいいと言ってくれる人がいるかもしれないわ。一応、若さと健康だけはあるし。とにかくセレント男爵家にとって少しでも利になる縁談を、誰かに見繕ってもらって……)
「シ、シャーリーン・セレント男爵令嬢!」
(……。……ん?)
ひたすら自分の世界に没入していた私は、ふと、自分の名を呼ばれた気がして顔を上げた。……誰もいない。
気のせいだったのかな? と思って後ろを振り返ると、すごく近い距離に大きな男性が立っていた。その人は振り返った私と目が合った途端、ビクッ! と大きく肩を揺らして顔を真っ赤に染めた。
(誰かしら、この方。ものすごくまぶしい……)
見上げるほど高い身長。たくましい肩幅。陽光を浴びてキラキラと輝く繊細な金髪に、エメラルドのような美しい瞳。スッと通った鼻梁に、キメの細かい肌。後光が差すほどに整った見目の男性が、自分を見上げる私の顔を凝視し、その綺麗な唇の端をフルフルと震わせている。
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