鉄は熱いうちに打て

 ウェルター達が囲っている黒いドラゴンの属性はよく分からないけど、ウェルター以外の魔族の人達が何故か苦しげな表情を浮かべて地面に剣を突き立て片膝を付いていた。

 ドラゴンが直接攻撃を与えた訳でもなく、耳が痛くなるような咆哮ほうこうしただけのはずだけど、目に見えない何かが起こってるのかもしれない。ウェルターも辛そうな表情を浮かべつつも、地面に向かって風魔法を放ち飛び上がる。


 そのままドラゴンに向かって剣を振り下ろそうとしたけど、ウェルターに顔を向けたドラゴンが大きく口を開いて咆哮した。正面から防御も無しに攻撃を受けたウェルターの体が、まるで空から無数の刃が降ってきたかのように切り裂かれた。


「ゔっ……」


「――ウェルター!!」



 何となくだけど、赤いドラゴンよりこっちの黒いドラゴンの方が手強い感じがする。悲鳴を上げながらも何とか受け身を取って着地したウェルターに駆け寄ろうとした俺に標的を移したらしい黒ドラゴンの獰猛な視線とかち合った。


「ぅあっ!? ……な、んだ、これ」


 上から物凄い力で押さえつけられているかのように体が急に重くなる。立っている事さえ出来なくなり、両膝を地面に付いて耐える。ウェルターが怪我で浅い呼吸をしながら俺に向かって叫ぶ。


「くっ……楼人、シールドを作って耐えて下さい」


「し、シールド? そんなの――」


 やったことないよ!? ……なんて言ってられない状況なのは百も承知だ。怪我の治療の時は無我夢中で何とか魔法を扱えたけど、実践で攻撃魔法はおろか防御魔法だって使った事もないし練習もしてないし、やり方がまず分からない。

 魔法の原理すら分からないのに一体どうしろと言うんだ。


 そういえば未だに謎が多いいけど『聖』魔法は治療や結界にけているって前にウェルターが言ってたな。確かにゲームとか漫画でも回復とかのイメージが強い気がする。


 ええい、もう何とかノリでやるしかない。治療だって何となくで出来たんだ。やってやれないことは無い! ……きっと。

 頭の中に自分の回りを取り囲むように丸い球体のシールドが張られる――というイメージをしながら両手を上に上げ、魔力を体から放出されるイメージを更に重ねる。



「……あ、体。軽くなった?」


「さすがです楼人! 飲み込みが早くて凄いです」



 気が付けば、俺はうっすらとした白い膜みたいなものに覆われていた。さっきまであった重みは嘘みたいに無くなり、ゆっくりと立ち上がりながら状況を確認する。

 恐らくこの黒いドラゴンは『重力』を操る能力があるんだろう。あと、咆哮でウェルターが切り裂かれてたから、あの声にも協力な攻撃能力が備わっていると思われる。


 ウェルターが褒めてくれたから多分成功してるんだろうけど、俺が作ったシールドの中は奴の重力能力は届かないらしい。咆哮の攻撃まで防げるかは分からないけど、シールドが破られない限りは重力の影響は無さそうだ。であれば、俺の今出来る事をしよう。


「――おお、体が軽くなった」


「ロウト様、ありがとうございます!」


 黒ドラゴンの重力にやられていたのであろう魔族の人達五人に向けて、俺と同じようなシールドをイメージしてみたら成功したらしく、皆嬉々として立ち上がるなり感謝を述べていた。

 俺、別に偉い人じゃないから『様』とか要らないんだけどな……と思いつつ、気の抜けない戦場なのでそんな些末さまつな話は飲み込む。


 体が動くようになった彼らはそれぞれに剣を構えてドラゴンに向かっていく。その間に地面にしゃがみ込んでいたウェルターにもシールドを張り、駆け寄った。

 今や怪我と多量の出血の為に肩で息をしていたウェルターが、俺を見上げて笑みを浮かべた。


「――さすが、楼人ですね。すぐに、実践で魔法が使える、とは……」


「こんな時まで無理しないで良いよ。肩に触れるよ? 傷に響いたらごめんね」


 全身の痛みに苦しいはずなのに、こんな時まで気を遣うウェルターに苦笑した。ウェルターの肩に右手を置き、怪我の治療を行う。

 これももはや感覚というかもう全てノリで何とかする。魔法はイメージだ、うん。



「――人、楼人! もう平気です。治療魔法を止めてください」


「……えっ、あ。――はぁ……ぁ」


 ウェルターに声を掛けられながら体を揺すられて、覚醒した。あれ、意識飛んでた? いや、集中しすぎてたのか。

 視界がぐらついて横に倒れそうになる体を、ウェルターのたくましい腕が支えてくれる。


 自分含めて七人分のシールドと、ウェルターの治療の為に魔力を注いだので、さすがに少しキャパオーバーしてしまったらしい。

 未だに体にだるさが残るものの、何とか皆のシールドだけは維持できているようだ。治療魔法のおかげか、ウェルターの顔色も良くなっていた。


「貴方を守るつもりだったのに、結局私達が貴方に守られてしまいましたね。すみません」


「ううん、謝らないで。俺だけ何も出来ないのが凄く辛かったから……少しでも力になれて良かった。俺も、皆と一緒に戦えてるかな? って」


「……楼人」


 

 魔力消費ですっかり力の抜けた俺の背中に腕を回したウェルターにそっと抱き寄せられる。たった一言、俺の名前を呟く少し震えたウェルターの声が、彼の気持ちを全てを語ってくれていた。

 ウェルターの腕の力が緩まり、くっついていた体が離れる。見上げた先の彼の顔があまりに慈愛に満ちた笑顔で、気恥ずかしくなり目を逸らす。


「今度こそ楼人はここで待っていてください。皆のシールドの維持だけ可能であれば続けて下さるとありがたいです」


「――うん、任せて」


 本当は体がしんどすぎて集中力を維持するのがかなりキツイけど、命を張って戦っている人がいるのにこんな事で根を上げていられない。彼らが少しでも攻撃に集中できるように、何としてもシールドを維持しないといけない。


 

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