第3話

「親父! ケガした猫をてあげてくれないか?」




 透明なガラス扉の取っ手を押して、建物内に入るなりオレはすぐに、奥の部屋にいるであろう親父へ聞こえるように、声量を上げて声をかけた。




「……今診療中だ! ちょっと待ってろ」




 少しの間の後に、やや機嫌の悪そうな親父の返事が聞こえて、多分診療時間が押しててイラついてんなと簡単に予測出来た。




 でも、こっちは緊急だ。親父の気分なんかに構っちゃいられない。




 受付の桐野きりのさんに軽く挨拶を交わしてから、靴を入り口の下駄箱に放り投げて、床に綺麗に鎮座されてるスリッパの内の一対に足を通して、ノックもせずに診療室に入った。




「緊急なんだよ! 息ほとんどしてないっ」




 勢い良く開いたドアに驚いたのか、部屋の中心へ視線を向けると、目を真ん丸くさせてこちらを見返す親父と、診療台に乗せられてるハスキー犬が動かないように手で支えていた動物看護士の佐山さんが、一瞬手を離してしまい焦っていたのが目に入る。




「夏目――お前は本当に、猪突猛進すぎる」



 先ほどのキョトン顔もなんのその、さっとつり目に切り替えて怒鳴るこの人が、動物病院の医院長兼オレの親父である鈴原一志すずはらひとしである。



 スラッとした高身長、少し白髪も混じり始めた黒髪。癖のない前髪に、こざっぱりした短髪。最近少し目尻の所にシワが出来てきたのを気にしている、今年50を迎えるオッサンだ。



 そんな親父のDNAを全然引き継げ無かったオレ……鈴原夏目すずはらなつめは、真逆と言っても良いくらいの特徴だ。



 この間の身体測定での数値は身長168センチしかなかったし(実は少しかかとを上げてズルしたから、実際にはもう少し低いかもしれない)髪の毛だって癖っ毛だし、すぐにクルンと回ってしまうので、重たく見えないように校則に引っかからない程度に茶髪にした。



 ダンディがしっくり来る親父に比べて、オレのフェイスは母いわく「童顔」だそうだし……。大人になりゃ若見えして羨ましがられるかもだが、今のオレにとっちゃマジで辛い。



 こんなフェイスのせいで女の子に間違われる事も多々あるし、骨格も体格も華奢なのが更に拍車をかけている。




 プロテインなるものを飲んで筋トレした事もあるけど三日坊主で終わってしまっ……って、そんな事はどうでもいいわっ! 緊急事態なんだってば!

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