第8話 赤い荒野を越えて3

「Z、17……?」

「大丈夫……私が、やります」

「やるってお前……乗り方、知らないだろう。コネクトもなしに」


 サリアが止めるより先に、少女の手が素早く動いた。トグルスイッチを切り替え、自動姿勢制御をオフに。無理やりに元の姿勢に戻ろうとして、かえってバランスを崩していた機体が、レバーの操作で巧みに立て直されていく。

 柔らかな指先が、レバーを撫でるように動かして、足元に落ちていた改造釘打ち銃を拾う。


 サリアは驚きを隠せなかった。

 サリアとて兵士であり、自己鍛錬を怠ったことはない。だから、コネクトなしで動かせと言われたとしても、やってられないことはない。疑似脳が代わりにやっていてくれたことを、そのまま自分でやるだけなのだから。

 だが、先ほどまでレバーを握ったこともない素人となれば、話はまったく別だ。装甲機の操作は擬似脳とコネクト技術による制御を前提としており、簡単そうに見えても極めて煩雑な操作を求められる。


 まして、足元のものを拾うなど、相当繊細なコントロールがいる。偶然、で済ませるには、あまりにも異様だった。

 才能と呼ぶにはあまりにも奇妙で異様。それはまさしく、"異能"と呼ぶにふさわしい、何かではないか。彼女の動揺を他所に、Z17は静かに呟いた。


「見てたので、わかります。……任せてください」


 少女は前方の液晶に映る景色をじっと見つめた。その横顔は、すでに戦士のそれによく似ていた。指先が細かく震える。握り方も、構え方も、ほとんどサリアのそれと似通っていた。本当に見て覚えたと、そう言えるような姿。

 だが、何がこれを可能としているにせよ、もうまともに体を動かせないのだ――サリアは、その横顔にかけることにした。


「分かった。……お前に、命を預ける」

「……はいっ、預かります!」


 ジェネレーターの起動音を耳にして目を向ければ、とうとう《夜梟ナイトオウル》が立ち上がったところだっ。ギラリとこちらを睨む目には、確かな殺意が滲んでいた。


 彼我の距離、100m。


「Z17」

「は、はい……っ」

「狙いは変わらず白兵戦だ。だが、燃料の残量も心もとないし、これ以上の打撃は機体が保たん」

「……どうすれば?」

「見えるか、やつの首あたりだ。そう、爪を叩きつけた部分――あそこが狙い目だ」

「装甲が歪んでる所を狙うんですね」

「そうだ。至近距離で渾身のフルスイングを叩き込み、釘打ち銃をねじ込む。ただ、チャンスは一度きりだと思え」

『地獄への挨拶は済みましたか、サリア・ティアレス……ッ!』

「『さて、どうかな。挨拶するような知り合いは地獄にはいなくてね』」

『減らず口もここまでです――死になさい』


 プラズマの、青白い閃光。右へ、と口に出すよりも早く、Z17がスロットルを開いた。グンと思い切りのいい加速――機体の左スレスレを、高熱の死がよぎっていく。


「プラズマ砲は威力が覿面だが、連射は効かん! 銃口に気を払って避けろっ、チャージ中と発射する瞬間は光を隠せん! このまま潜り込め!」

「はい!」

『死にぞこないめ……!』


 こちらの有効な手札が接近戦しかないことは、コーネリアスとて分かっていただろう。プラズマ砲冷却を後回しにして、後方へ脚部ローラーを回し、距離を取ろうとする。

 だが、《猪頭ボアヘッド》が鈍重な重機なら、《夜梟ナイトオウル》は過積載の小鹿だ。万全の状態ならまだしも、強制冷却が起こるほどの新兵器を使用したのだ。ジェネレータに負荷がかかっていないわけもない。


 おまけに《夜梟ナイトオウル》はアレシスからのなのだ。戦闘による損傷ならともかく、自分の下手な扱いで壊したとなれば、責任問題は免れない。尽くしてきた会社の存在が、今はコーネリアスの足枷だった。


「ジャンプパックはギリギリまで取っておけ!」

「あと70……60……50……!」

「焦るなよ……!」


 口にする自分が焦っているのを、喉の震えで感じながら、サリアは目を見開いて敵を見極めようとしていた。


 まだ来ない。まだ来ない。焦るのは敵も同じ。プラズマ砲の冷却はまだか? いつになったら憎きサリアは死ぬのか? 別の手段を考えるべきか? そう考えているはずだ。

 砲口の光。危ないと叫ぶよりも早く、Z17は滑るような回避入力を叩き込む。サリアというお手本をみて学んだ学習力、そして極限の集中力が、今クローンに過ぎない少女を歴戦の兵士に変えていた。


 残り、29m。


『舐めるなよ――!』

「今だ! 惜しむな!」

「前へ!」


 ペダルを底まで踏み抜いて、水平に向けられたジャンプパックのスラスターが、赤い火を噴き出した。後ろ向きのGが加速と同時に降りかかって、委細構わず前のめりに突っ込んでいく。


 プラズマ砲を放棄する《夜梟ナイトオウル》。今更か、とサリアが笑う。


『私は、アレシスのテスター――』

「来る!」

「まだ、まだ、もう少し、あと少し……!」

「そうだ、もっとだ、もっと引きつけて――!」


 残り、10m。


 自由になったコーネリアスの右手の甲から、光る刃が伸びた。眩いばかりの閃光、歪む空気、それが確かな高熱を隠すでもなく見せつけていた。防ぐは叶わず、当たれば死ぬ。

 電離刀プラズマトーチ、その言葉が頭をよぎる前に、サリアは叫んだ。Z17も、まったく同時に叫んでいた。


『選ばれしものなのだ!』

「「遅い!」」


 大きく右へ振りかぶられた、科学の剣の、内側へ。振り抜かれるよりも先にひしゃげた左腕を叩き込み、めり込ませ、もっともっと前へ!


 押し出される衝撃に、貧弱な《夜梟ナイトオウル》の脚部間接が甲高い音を立ててへし折れる。踏ん張りがきかずに、砂埃と亀裂を地面に残しながら、盛大に後ろへ後ろへと引きずられていくコーネリアス。

 その状況で掲げた刃を振り下ろせたのは、はたして矜持か高慢か。何でもよい。


 それでも振り抜く拳は、こちらの方が早いのだから。


 握った拳は、迷いなく剥がれた装甲を撃ち抜いて。引き金を引く指は、思っていたよりもずっと静かだった。


 心臓に響く、衝突音。


 荒野を貫く、静寂。


『……馬鹿な……ジェネレータが、破損……ッ!?』


 飛び散る青色の火花は、《夜梟ナイトオウル》の終わりを告げていた。元々、プラズマ砲はジェネレータにかかる負担の大きな武装だ。そんなものを連発し、あまつさえ強制冷却を引き起こすような新兵装まで使ったのだ。

 ただでさえ不安定になったジェネレーターは衝撃に耐えきれず、緊急措置としてその停止を選んだのだ。


 膝を付き崩れる体から、球状のコクピットブロックが高速で排出され、荒野を飛んで離れていく。ジェネレーターが緊急停止した事で、脱出装置が作動したのだろう。すこししたら《夜梟ナイトオウル》本体も、多くの機密もろとも爆発して塵となる。


「勝った……か」

『サリア……ティア、レス……ッ! 何故貴様に勝てない! 何故だ!』


 どっさりと背もたれに預けた体が重い。男が通信越しに喚く声が、どこか遠かった。負けると思い込んでいた訳ではないが、絶体絶命だとは思っていた。満身創痍と素人の二人で、乗り越えられるとは思わなかったのだ。


「行こう。燃料も余り残っていないし、増援が来るやもしれん」

「……はい」

「……復讐は、また今度にしろ」

『必ず! 必ず殺してやるぞ! お前さえいなければ、私は、私はこんな!』


 振り返りかけた機体が、止まる。ポッドが飛び去って行った遥か後方をねめつけて、Z17は呟いた。


「『殺す――?』」

『ぇ、あ……な? だ……だれだ? サリア・ティアレスでは……ないのか?』


 その声を通信が拾ったのは、偶然だったのだろうか。音声認識OSすら通さず、通信の操作も分からないはずの、Z17の声は――確かに、機械越しにコーネリアスに届いていた。サリアは朦朧とする意識で考えたが、答えは出なかった。


「『あなたが……それを言うのですか?』」

『まさか……作業場の? そんな……ランダムパターンの生肉プレーン・クローンにッ、この私が?!』

「『必ず。必ず殺します。このZ17が。あなたを――皆の、仇を』」

『嘘だ! 嘘――!』


 ザザ――ブツン。雑音と共に通信が途切れて、静けさがコクピット内を制圧していく。

 《猪頭ボアヘッド》は勝ち誇るでもなく、しばらく敵手だった残骸を見下ろし。それからどこか寂し気に、壊れかけの体を揺らし、宇宙船の方へと去っていった。

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