金で買った婚約者の様子がおかしい
小宮地千々
第0話
「――奥の席を」
年季の入った床板を軋ませ、店に入ってくるなり言ったのは黒髪の青年だった。
猛禽めいた鋭い目と制服を内から盛り上げるいかにも軍人らしい体格に、案内に立とうとした女給の喉が引きつる。
「ついでに、周囲を空けてもらえると助かります」
それを止めたのは柔らかな声だった。
返事を待たずに勝手知ったる様子で奥に進む黒髪の青年と同じ制服、似た体格ながら正反対の柔和な顔立ちをした青年が微笑む。
すこし巻きの入った栗色の髪が首を傾げた拍子にかすかに揺れた。
「は、はい」
顔を赤くする女給がまるで目に入らぬように、そこを三人目の赤毛の青年が横をすり抜けていく。
横顔は鋭いが、どこか貴族的なつくりをしていた。
「三人分、大盛りで、エールもだ」
ただし置き去りの注文は軍卒に言いつけるようにいかにもそっけない。
「お願いしますね」
栗色の髪の青年が申し訳なさそうにそう付け加えて二人を追った。
風のように通り過ぎたなんとも特徴的な三人組について、女給が古株の姐さんに付け加えるとああ、とさして驚きも無い返事が返ってきた。
「行儀はいいお人たちだから、言われた通りにしといて。ただ顔が良いからって首突っ込むのはやめときな」
「そ、そんなこと考えてないですけど、でも、なんでです?」
「栗毛と赤毛は確かそれぞれの家の次男と三男、ずーっと軍人が決まってる男なんて入れこむもんじゃない」
「はぁ」
そんなものだろうか、と思いつつ姐さんの言葉に素直にうなずく。
「そこでいや黒髪の兄さんは良かったんだけどね」
「あの、ちょっと顔が怖い人がですか?」
「そ、ちょっと顔が怖い兄さんが」
奥ゆかしい表現が面白かったのか古株の女給は喉を鳴らしたあと、カウンターに肘をつく。
不思議とそれが、だらしなさよりも絵になる感じが勝る女性だった。
「成り上がりの家のお人でね、軍人やってんのも国へのお義理。それで最近どっかのおちぶれた家のお姫さんをもらったんだとか」
「はあ」
それを聞くと何が良かったのかわからないけれども。
顔に出ていたのだろう、姐さんはとびきりいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「つまり家のための嫁さんを貰うなら、自分のための女は何だってよかったはずでしょ――それこそ女給だってさ」
「なにやら好き勝手言われているようだな」
喧騒の中でもどうして女の声はこうも届くのか。
あるいはそんな中で話しこもうとするための必然だろうか。
「事実も多い、腹は立たん」
ふん、と黒髪の青年は鼻を鳴らす。
そんな仕草もどこか獲物を探す猛禽のようであった。
「それで、あらたまって相談って言うのはどうしたんだい?」
「おい、飯もまだだぞ?」
「それほど深刻なものでもない、食べながらでも構わん。実はな――」
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