じいさんと犬

月丘翠

第1話

頼牙らいがと聞いてどんな人物を想像するだろうか。

強そうだったり、頼り甲斐がありそうと想像するかもしれない。


ただ実際は違う。


俺は普通の大学一年生で、体格も細めで腹筋もない。

黒髪メガネでどちらかというと、のび太という名前がぴったりな気はする。

自分でもそれは自覚している。

毎年登校の初日に名前を呼ばれて、周りに明らかに「え?」って顔をされるのは春の恒例行事だ。

そんな人生で自己肯定感が高くなるわけもなく、引っ込み思案な俺は今日もまた先輩に告白出来ぬまま、公園のベンチに座っている。

大学のサークルの先輩に一目惚れして、偶然同じファーストフード店のアルバイトになって、少しずつ話すようになった。

2人で話したり、バイト終わりにお茶もしたことがある。

小さくて可愛らしい先輩とお茶できるだけでも幸せだったけど、人間とは欲深いもんでもっと一緒にいたくなる。


告白しよう―


そう決めて、もう3ヶ月経つ。

いつも結局言えずに、帰りがけに自販機でコーヒーを買って、公園で一息ついてから帰る。

もう最近のルーティンになりつつあった。

そして今日もベンチに座って、ぼんやり缶コーヒーを飲む。

(今日も言えなかったなぁ)

下を向いて落ち込んでいると、何かの声がする。


ハァハァハァ…


顔を上げると柴犬がそこまで来ている。

茶色の冬毛のもふもふの柴犬が、どうしたの?って感じでこちらを見ている。


「すまないね、驚かせてしまったかな」


そう言いながら、柴犬の飼い主であろうおじいさんが隣に座った。

すると、柴犬は大人しくおじいさんの足元に座る。


「君はいつもここに来ているね」

「あ、はい…」

おじいさんに毎日見られていたのだろう。

なんだか恥ずかしい。

「犬は苦手かね?」

「いえ、好きです」

「それは良かった。マミ、良かったなぁ」

マミと呼ばれた柴犬は嬉しそうに尻尾を振っている。

「何か悩んでいるのかね?いつもため息をつきながらベンチに座っているから気になっていてね」

おじいさんは優しい笑顔で、語りかけてきた。

よほど落ち込んでいるように見られたのだろうか。

「ちょっと恋愛のことで悩んでるというか…でも大したことじゃないんで」

誤魔化すような笑うと、おじいさんは「そうか、それは人生でも肝要な悩みだねぇ」そう言って微笑んだ。

「特に若い時は、それで頭がいっぱいになったりするもんだ。私も昔はそうだった」

「へぇーそうなんですね」

じいさんの恋愛なんて興味がない。

ささっと話を切り上げて帰ろうと思っていたら、マミが頭を撫でて欲しそうにくっついてきた。

「マミはこの兄ちゃんが気に入ったんだな」

頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振っている。

「君がマミを撫でている間だけ、私の話を聞いてくれないか」

そう言っておじいさんは昔話を始めた。


□■□

60年前―


範夫のりお、起きな!」


姉に起こされて、寝ぼけながらもなんとか布団から起き上がる。

「おはよう」

姉さんはさっさと顔を洗えと言って、慌ただしく朝食を準備している。

「朝ご飯は?」

「帰ってから食べるよ」範夫は着替えると、「いってきまーす」と言って外に出た。

冬の早朝は寒くて仕方ない。

こんな薄い上着では寒さは凌げるはずもなく、仕方なく走って身体を温めることにした。

範夫の家は母子家庭で、母の体が弱いため死んだ父が残した僅かな預金と姉のアルバイト代、そして範夫の朝の新聞配達でなんとか生活を保っていた。

新聞店に入ると、「お、寝坊しなかったな」と雇い主である財田たからだにからかわれながら、自分の担当分の新聞を自転車に乗せた。

「いってきまーす」

「気をつけてなー」

勢いよく自転車を漕ぎ、担当地区の家のポストに新聞紙をポンポン入れていく。

早く配ってしまわないと、朝ご飯を食べないまま学校に行くことになってしまう。

それだけは絶対に避けなければならない。

いつものところの配達を終えたが、一つだけ新聞が残っている。

「あれー?どこか入れ忘れたか…」

戻るなんて面倒だと思っていたら、新規契約者と書かれたメモが新聞紙に挟まっている。

配り忘れじゃなくて良かった。

範夫はそこに書かれた住所に向かって自転車を漕ぎ始めた。


♦♢♦


(こんな坂の上にあるのか)

ハァハァと息が上がる。

長い坂道のカーブ続き、その上にお洒落な洋館があった。

西田にしだ”と表札が出ている。

「ここだな」

ポストを見つけて、新聞紙を入れる。

「これで完了っと」

ぐぅーと背伸びをすると、視線の先の部屋に女の子が立っているのが見える

13、4歳くらいだろうか。自分と同じくらいかもしれない。。

色が白くて髪が長い。

女の子はこちらに気づいて、少し驚いた顔をした後、恥ずかしそうに微笑みながら手を振ってきた。

少し恥ずかしい気はしたが、客であることに違いないと範夫も手を振った。

そこから毎日配達しにいく度に彼女はこちらを見ていて、手を振り合うのが習慣になっていった。

今日も同じように新聞紙を配達しに行き、窓を見上げるが女の子はいない。

まだ寝ているのだろうか。

帰ろうと自転車に向かうと、「あの…」と声がして女の子が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る