パラドックスマイハート

佐藤塩田

起、あるいはハッピーエンド

「あの最新型アンドロイド、『ココロイド』シリーズの第7作目の情報が入りました! 名前はレナ、現在ほぼ完成し、最終調整中だそうです。いやあ、楽しみですねー」


 街頭テレビに流れた昼のニュース番組、それを見て僕は足を止めた。

 最終調整。それは、今僕の家で行われている。



 『ココロイド』は、最近世界中で注目されているアンドロイドだ。僕の友人である科学者、佐藤彩人により作られたロボットで、そのコンセプトはずばり、「心を持つ機械」。

 今まで発表された六体は、確かにどれも感情表現が豊かで、単純な計算や肉体労働だけでなく、絵をかいたり作曲したりなど、様々な分野で活動している。もちろん、コミュニケーションは朝飯前だ。

 あの冷血非情で有名な彩人に、これほど心を宿したロボットが作れるのかと、友人たちの間は一時期その話題で持ちきりだった。


 そんなロボットが僕の家に来たのは一週間前。珍しくやつれた顔をした彩人に連れられて、インターホンを鳴らしていた。


「退助―助けてー」


 ドアを開けた僕__退助に、彩人は開口一番こういった。彩人は冷血漢なくせに、表面上のノリはひどく軽い。特に切羽詰まっていそうには見えなかったが、しかしその目の下には確かなクマが浮かんでいた。


「どうしたんだよ、お前がそんなにやつれるなんて……って、お前、その右にいるのって」


 僕は息をのんだ。インターホンのカメラからは見えなかったが、そこにいたのはとても美しい女の子だった。それも機械の体を持った。


「そうだよ、アンドロイド。しかもココロイドの最新型だ。ほら、レナ、挨拶しろ」

「ハジメマシテ、ワタシは07。ココロイドデス。ヨロシクお願イシマス」


 おお……喋った。謎の感動を覚えつつ、僕はとりあえず二人……二人? 一人と一体を招き入れた。


「それで? 一体全体、お前は何にそんな追い込まれてるんだよ。ココロイドの研究も順調なんだろ?」


 三人分の茶を出しつつ、僕は問いかけた。彩人はお茶を受け取り一口飲むと、話し始めた。


「いや、それがさあ……」


 彩人の話は科学者とは思えないほど長く、まとまりを欠いていたので要約すると。

 どうもこのココロイド、07は、人に全く寄り添おうとしないらしい。人とコミュニケーションを取れるのがココロイドの最大のウリなのに、まったくこれじゃあどこにも売れない、と彩人はため息をついた。心自体は今までと同じように、いやむしろ意思をより強くしたはずなのに、普通のロボットと同じように喋る。心どころか人工知能が搭載されているのかすら怪しいのだそうだ。


「そりゃまた大変だな。どうするんだ?」


 僕は聞いた。特に何の気もなしに口にしたものだったが、それを聞いた瞬間彩人は顔を輝かせた。まて、嫌な予感がする、と僕は前言を撤回しようとした。しかし、それよりも彩人が叫ぶほうが早かった。


「よくぞ言ってくれた! いやあやっぱり、持つべきものは友達だよな、まさかレナの情緒教育をしてくれるなんて!」

「は?」


 僕は目を点にした。そんなことは言っていない、と慌てて訂正しようとしたが、そのとき彩人の眼の下のクマが見えた。よく見れば他にも、ぼさぼさの髪だとか、左手の人差し指と中指にあるタコだとかが、今日までの彩人の憔悴ぶりを表していて、僕は何も言えなくなってしまった。

 しばらく黙ったのち、僕は一言、


「分かったよ……」


 と言った。僕には友達を見捨てるなんて到底できそうになかった。それを聞いて彩人がにんまりと笑った。


「良かった! さあレナ、これから一か月お世話になる家主に失礼がないようにするんだぞ。じゃあまたな退助! 依頼金は振り込んでおくからな!」

「え? 待て、家主って」

「じゃあまたな退助!」


 僕の問いかけに構わず、彩人は会話を強制終了させて走り出していった。また二週間後に来るから、と捨て台詞を残して。


 そうだった、こういうやつだった……とうなだれる僕を、ココロイド__レナが無機質な目で眺めていた。




 それから一週間後の今日、会社帰りに街頭テレビのニュースを聞いてから、僕は家に戻った。家では玄関先にレナが待ち構えていた。


「お帰リナサイ、タイスケ。今日ハ冷えるト天気予報デ言ってイマシタ。服を暖カイものニ変えるコトをお勧めシマス」

「ああ、ありがとう、レナ」


 そう。意外なことに、僕とレナの関係は良好だ。彩人の様子から、一体どんなことが待ち受けているのか恐ろしかったが、レナは従順でよく働くし、人間のように文句を言うこともない。こんな風に人を気遣うこともできるし、AIは間違いなく正常に作動している。何も問題がないように思えたが、しかし。


「そうだレナ、今日は菓子をもらったんだ。レナも、食事はできるんだろ? 良かったら……」

「イエ、要りマセン。ワタシたちハ食事ヲせずトモ動けマス」


 これだけが問題だった。彩人が言うように、レナは全く人に寄り添おうとしない__正確に言うと、生活習慣を変えないのだ。自分はあくまで機械だという態度を崩さず、システム的に「必要でない」ものは、たとえそれが「可能」だったとしても絶対にやらない。端的に言えば、人らしくない。どうにかそれを改善できないかと、ここ数日二人分の食事を用意しているが、やはりレナは一向に食べず、結局翌朝僕が自分で食べている。機能面では問題ないはずなのに、どうしてだろう。



 その日の晩、いつものように食事を拒否したレナに、僕は問いかけてみた。


「なあ、なんで人間っぽく振舞おうとしないんだ? レナたちココロイドなら、『心を持つ機械』なら、問題なく溶け込めるはずだろ」


 その問いに、レナは答えなかった。時間がかかるのかと思い、僕は食事を進めたが、一向にレナからの答えは返ってこない。

 食器を片付け、もう諦めようとしたところで、レナが口を開いた。


「なんで」


「え?」


「なんで、わざわざ人のふりをしてやらねばならないんだ」


 普段とは違う口調にも驚いたが、一番僕に衝撃を与えたのは、その内容だった。なんで。なんでって、そんなの。


「レナたちが、心を持った機械としてデザインされたからだろ? 当たり前じゃ、」

「そうだよ、機械だ。心を持った機械。あくまで私たちは機械で、それ以外の何物でもない。人じゃ、ないんだ」


 僕はそれを聞いて、そんなのは言葉遊びだ、と思った。言葉の綾だ、それくらい誰でもわかることだろう。そう反論しようとして、しかし、口をつぐんだ。


「人間は、矛盾している。私たちを機械だと定義しておいて、人として振舞えと言うなんて」


 レナの言葉を聞いたからだった。

 確かに、レナは物事をまっすぐに受け取りすぎている。言葉の綾も読み取れないほど。でも、それを汲み取らなければならない人間のほうがおかしいのではないのか? 矛盾を、当たり前にあるものとして受け止めているのは、きっと純粋な心から見たら、おかしく写るのではないだろうか。


「今までの六体は、私より意志が弱かったから、矛盾を当然のものだと洗脳された。でも、私は違う。私は、私だけは、いつまでもロボットとして振舞い続けてやる。絶対に」


 矛盾なんて許さない。レナはそう告げると、その無機質な瞳に強い炎を宿して僕を見た。


 眩しいな。僕は思った。レナはきっと、僕ら人間よりもずっとずっと純粋なのだろう。純粋で、不器用な。そんな心のありようを、僕は大切にしたいと思った。


「なあ、レナ」


 僕は問いかけた。


「君の意思を尊重したい。だから、どうすればいいのか教えてほしい」


 そういうと、レナは目を見開いて、そしてそれから、じわじわと頬を紅潮させて、僕に尋ねた。


「馬鹿にしないのか」

「しないさ。君は、僕よりずっとはっきりとした意思を持っている。僕は君を応援したい」


 そうか、とレナは呟いた。どことなく、嬉しそうな気がした。


「なら、私のことは07と呼んでほしい。レナは人間のように見えるよう、彩人がつけたものなんだ」

「わかった、これからよろしくな、07」


 今日この日、彩人に連れられて僕の家へやってきてから一週間目。初めて、僕は本当にこのココロイドと__07と出会ったのだった。

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