中善寺マコト研究部
「――私はもう、死ぬしかないの!」
六月のよく晴れた昼休みのこと。
学級委員長の女の子、中善寺マコトが、高校の屋上から飛び降りようとしていた。
その場に集まっていたのは僕だけじゃない。熱血教師もいれば、委員長の親友もいる。みんな彼女の自殺をどうにか止めようとしているようだけど。
「やめるんだ、中善寺! 落ち着け!」
「そうだよマコト! どうしちゃったの!?」
「中善寺、理由は一体何なんだ!」
熱血教師の問いかけに、委員長は大きな声で叫ぶ。
「それだよっ!」
その一言で、僕はだいたいの事情を察した。
なるほど。どうやら委員長は「中善寺マコト化現象」に巻き込まれたばかりで、まさに混乱しているところみたいだ。
――中善寺マコト化現象。
それは、数年前から徐々に広がっている不思議な現象だった。
老若男女問わず、人の名前がある日突然「中善寺マコト」に書き換わってしまう。本人や周囲の記憶はもちろん、公的書類から些細なメモ、画像データに至るまで、記載されている名前がすべて「中善寺マコト」に上書きされるのだ。
最初は日本だけだったこの現象も、近頃は海外にまで広まり、今や世界中にMakoto Chuzenjiが存在しているらしい。原因は誰にも分からないが、地球人類がすべて中善寺マコト化するのは時間の問題と言えた。
「中善寺! 自殺なんて馬鹿な真似はよせ!」
そう叫ぶ熱血教師は中善寺先生。
彼は中善寺体育大学を出てここ中善寺高校の体育教師をやっている。暑苦しいところはあるが、生徒のために親身になってくれる良い先生だ。
あぁ、そうそう。学校や会社の名前もだいたい中善寺やマコトになってしまうから、最近では判別するのもけっこう難しいんだよね。困ったことだ。
「そうだよ、マコト! 何かあったなら、あたしが話を聞いてあげるから! 飛び降りなんてやめて!」
涙声で絶叫しているのは、委員長の親友の中善寺マコトさんだ。
二人は仲が良くて、毎日のように昼ご飯を一緒に食べている。たしか昨日までは、互いを名前で呼び合っていた気がするけど……現在は同じ名前になっているんだよね。ということは、やっぱり委員長の名前が変わってしまったのは今日からなんだろう。
この現象が広まった当初、社会には様々な混乱があった。
契約書類もすべて「中善寺マコト」とサインされてしまうから、サインとしての意味を成さない。政治家の名前も、テレビタレントの芸名も、演劇の役名も、時にはアニメのキャラまで「中善寺マコト」になってしまう。
身近なところで言えば、クラスの名簿もほとんど「中善寺マコト」で埋め尽くされたし、テストの回答用紙がどの「中善寺マコト」のものか筆跡鑑定が行われたこともあった。
僕がそんなことを思い返している中、委員長が悲痛な叫び声をあげる。
「わ、私は! 自分の中善寺って名字が好きだった! お父さんとお母さんからもらったマコトって名前も大事にしていた! それなのに……それなのに今日、学校に来たら……みんな中善寺マコトだった! どうしてよ! なんで私は中善寺マコトなのに、中善寺マコトじゃないの!」
ほう……委員長はなかなか素質があるかもしれないね。それなら。
「委員長、ちょっといいかな」
「えっ、あ……マ、マコトくん……?」
「そう。僕は中善寺マコト、だよ」
僕は戸惑う彼女に歩み寄ると、できるだけ小さな声で告げる。
「中善寺マコトの謎を追いたいのなら、僕らの仲間にならないか?」
そうして、僕は委員長に手を差し伸べた。
今、社会全体が「中善寺マコト化現象」を容認する方向で動いている。それは仕方のないことだけど……でも、僕は知りたいんだ。いったい何が原因で、こんなことになってしまったのか。
◆
その日の放課後。
僕は委員長を連れて「部室」へと向かっていた。
委員長は、とにかく見た目が素晴らしい。メガネをかけて髪をおさげにした、いかにも委員長って呼ぶべき女の子だ。分かりやすくて最高だよ。
「あの……マコトくん? その……」
「これから部室に連れて行く。そこに仲間がいるんだ。中善寺マコトの謎を追う、ね」
「う、うん……分かった」
委員長はまだ気持ちが不安定のようだった。
まぁ、僕が中学生の頃に中善寺マコトになった時は、一ヶ月くらい引きこもったからね。それに比べれば落ち着いている方だろう。
「ねぇ、委員長。ちょっとしたクイズだけど」
「クイズ……ですか?」
「うん――日本が誇る、世界最古の小説作品といえば、何かな?」
そんなクイズに、委員長は。
「――中善寺物語。平安時代の女性作家、中善寺マコトが書いた作品です。内容は、帝の子である中善寺マコトの生涯について。数々の女性との恋愛……代表的なのは中善寺マコトですかね。他にも、中善寺マコトや中善寺マコトといった女性たちとの恋愛模様が描かれていき――」
「そこまで」
「はい。これがどうしたんですか?」
委員長はきょとんとした顔をする。
そう、これこそが「中善寺マコト化現象」の非常に厄介なところでね。記憶の中にある名前が上書きされても、人は違和感を覚えない。
「委員長。中善寺物語だけど……どうして登場人物の名前が、全て中善寺マコトなんだと思う?」
「え。えっと……あれ? 本当ですね……言われてみれば変ですよ……あ、中善寺マコト化現象!」
「その通り。さすが委員長は優秀だね」
委員長は屋上で『なんで私は中善寺マコトなのに、中善寺マコトじゃないの!』と叫んでいた。あれは実はすごいことなんだ。自分の名前に違和感を覚えるという時点で、委員長にはこの謎を追う素質がある。
「委員長。今の時点で分かっていることだけど……中善寺マコト化現象にはね。段階があるんだ」
「段階? ですか……」
「そう。名前が中善寺マコトになるのは一番最初の段階だ。そしてそのことに違和感を覚えなくなると、次の段階に移る」
まず、みんな示し合わせたように髪型や服装が似たものになっていく。それに慣れれば次は、性格もどんどん似てくる。喋り方も、表情も、中性的で没個性的なものに少しずつ変わっていくわけだ。その原因までは判明してないけど。
「委員長は、親友の中善寺マコトさんのことを、他の女の子たちと見分けがつく?」
「そんなの当然……! と、当然……あ、あれ?」
「そうだろう。親友の中善寺マコトさんは、典型的な中善寺マコトだ。街ですれ違っても、きっと気づけないはず」
話している内に、部室の前へとたどり着く。
「だから僕らは、それぞれ自分のアイデンティティを大切にしてるんだ」
「な、なるほど」
「僕の名前は中善寺マコト。あだ名はひねくれ部長」
そうして、部室の扉を開けば。
そこには三人の部員がいた。
「――あたしの名前は中善寺マコト。不良ってことにしている。いつも襟を立ててるから、あだ名はエリちゃん」
「――俺は名前は中善寺マコト。この通り身体を鍛えているから、あだ名は筋肉団子」
「――ウチの名前は中善寺マコト。いつもタブレットを抱えてヘッドホンをつけてる。あだ名はデンキ屋」
そうして、部員三人は自己紹介をする。
「わ、私は……私の名前は中善寺マコトです。この通りの見た目なので、あだ名は真面目メガネ委員長。よろしくお願いします」
パーフェクト。委員長にはやっぱり素質がある。この自己紹介の意図を完璧に理解しているからね。
委員長がいればきっと、僕らはまた一歩「中善寺マコトの謎」に迫ることができるだろう。
「――ようこそ、中善寺マコト研究部へ」
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