冴えない魔女との幻獣カルテ

 ここ五年間、ミア・オースティンは魔法科大学院で幻生げんせい生物医学を学んでいた。


 しかし努力はむなしかった。就職活動に失敗したのだ。「王立協会アカデミーの幻獣医は男社会だからね」──そう述べる協会事務員のが何度身にこたえたことだろう。彼女はドラゴンやグリフォンの世話をしたかったのに。実績不足と門前払いだ。


「実績。まず実績さ」

 だから回り道を強いられたのだった。


 あいにくロンドンは今日も霧が晴れない。出かけるには最悪の一日だ。ミアは時間ギリギリになっても出るのを渋っていた。


 黒のブーツのひもは結んだ。赤と緑のチェック柄のスカートはひざおおい、オーバーサイズのジャケットを着る。冬のロンドンは冷え込む。だからマフラーもして、鏡の前に立つ。まるでちんちくりんのスクールガールだ。

 おまけに赤毛のちぢれ毛である。天然素材のウェーブは、手入れをおこたった年月を物語るかのようにくしゃくしゃ。だからベレー帽ですっかり隠し、せめてチャームポイントの青いが際立つようにしてみる。んだ朝焼けのような空色の瞳。わたしがわたしを好きになる唯一の根拠──


「大丈夫。きっとうまくいく」


 いまから行く場所は、男社会とは無縁の場所だ。わかってる。わかってるけど、それが失敗したらと思うと怖くなる。わたしが勉強してきたことが、女であるとか、そういう理由じゃないことで、ダメだとしたら──いけない、そんな想像。するだけ落ち込む。

 ドアを開けよう。たとえ外の空気がよどんでいても、戸締りしたばかりのアパートメントじゃ気も詰まる。ミアはロンドンを闊歩かっぽした。せめていまだけは、堂々としていようじゃないか。


 テムズ河の向こう側、郊外の施療院の前に立つと、緊張はぶり返した。

 まるで喘息ぜんそくの発作みたいだった。むせて震える身体を、マフラーでめ付ける。


「どうにでもなれ」ぽつり、ぼやく。


 ドアベルを鳴らす。「どなた?」と訊かれ、用件を告げる。就職活動。面接。それは町医者だって変わらない。ミアは目の前に立ったスラヴ系美人を呆然と見つめた。


「あ、あの! 魔女アシュリーですよね。わたしは──」

「残念だけど。わたしは事務員のカリーネ。アシュリーはもう少しあとから来るわ」


 きれいな黒髪のストレート。整った目鼻立ち。自分より年上の大人が放つ色気に圧倒されながら、ミアは自分の外見の幼さを呪う。わたしだって、と思って急に我に返る。


(ばかみたいだ。競うものじゃないのに)


 ごまかすように、案内された院内をきょろきょろ見回す。そこには小型中型の幻獣が小部屋に詰めている。パッと見た限りだと、グレムリンにケットシー、幻栗鼠ラタトスク黒妖犬ブラックドッグ……だがドラゴンのひなやグリフォンの幼生体はいない。当然だった。

 待合室に座ってしばらく待つ。カリーネは優しく接してくれたが、待つ時はひとりぼっちだった。最初のうちは学生時代の実績とか、論文のアピールポイントを、と手ぐすね引いていた。だがいまは、とにかく幻獣医の仕事にさえ就ければそれでよかった。


 十分ほど経って、ドアが開いた。今度こそ雇い主かと思ったが冴えない暗い感じの男性だった。今度は助手かと俯く。それで気を悪くしたのか、当の本人は困惑して部屋を隅から隅まで見回した。


 結局、視線はミアに落ち着く。


「失礼。今日面接に来たのは、きみ?」

「は、はい」心なしか震える。まさか。

「じゃあ来て。執務室で話すから」


 そのままスタスタ去ろうとする背中に、勇気を持って声をかけた。


「あの」

「何か?」


 振り向く。流し目の感じが、ミアのかんさわった。


「魔女アシュリー・ラングレンは奥の部屋でお待ちなのでしょうか」

「おれがそのアシュリー・ラングレンだけど」


 ミアは目を見開く。はあ? この男が?

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