再会
サイラスとは一年ぶりの再会である。リオールは、いつもの待ち合わせ場所である駅の改札前に立っていた。今日は発表もあるので、新調した紺のスーツをベストと一緒に着こなしている。しかし、待っている内に日差しが照りつけてきたので、上着は脱いで右腕にかけた。しばらくすると、改札から人が次々と飛び出してきた。電車が丁度着いたのだろう。人だかりを注視していると、見知った顔が一つ見えた。向こうも気が付いたようで、手を振りながら近づいて来た。
「リオール!」
サイラスの声に答えるように、リオールも手を振り返した。
「サイラス、久しぶりだな」
「久しぶり!」
サイラスもまた、新調した黒のローブを着て、光った靴を履いている。サイラスは嬉しそうにリオールの手を取った。
「今日は君の晴れ舞台だからね! 楽しみで仕方なかったよ。本当は箒でひとっ飛びしたかったくらいさ」
「最近、うちの国は箒禁止になったからなあ」
「ね、本当はニックも連れて行きたかったんだけど、それもダメになったでしょ」
「ニックって誰?」
サイラスはリオールの手を離して、ローブのポケットに手を入れ始めた。ごそごそとポケットの中をかき回した後、中から一枚の写真を掴み出した。
「僕の飼っている魔法生物。小さいドラゴンだ」
「お前、ドラゴン飼い始めたのか」
「今度、授業の題材にしようと思っていてね。まずは自分で育ててみるつもり」
「へえ、面白そうだ」
「君にも実物を見せたかったよ。ドラゴンは危険生物じゃないのに……」
「またお前の国に行った時、ゆっくり見せてよ」
サイラスは「うん」と頷き、リオールに見せた写真を元の場所にしまった。その様子を見ながら、リオールは話題を変えるために、ぱんと手を一度叩いた。
「そういえばサイラス、ご飯は食べたか?」
「ううん」
サイラスは首を横に振る。ならばとリオールは、右の人差し指を天に向けた。
「最近、駅前に良い喫茶店が出来たんだ。そこに行かないか?」
「ほんとに? 行きたい」
サイラスの赤い目がパッと輝いた。
「それじゃ、行こうか」
リオールとサイラスは並んで喫茶店の方へ歩き始めた。その間も、二人はずっと会話が止まらなかった。
喫茶店は、駅の改札から二百メートルほど離れた場所にある。バスターミナルを通り過ぎ、角を曲がったところに深緑のひさしが印象的な建物が建っていた。リオールはドアを引いて店の中に入る。カラリとベルが鳴る音を聞きながら、サイラスもそれに続いた。
店内はほとんど満席であった。それに対して店員は二、三人ほどしか見当たらない。リオールが「二名で」と言うと、そのうちの一人から窓際の席に案内された。席に着いた二人は早速メニューを開く。サイラスはしばらくメニューを眺めていたが、知らない単語も多いので、時々メニューを指さしながらリオールに質問していた。眉間にしわが寄った時が、質問の合図である。リオールが注文する料理を決めた頃、サイラスはまた眉間にしわを寄せていた。
「また知らないメニューか?」
リオールが尋ねると、サイラスはメニューをリオールの方に向けて質問した。
「これ、何て書いてあるの?」
「キノコのフォアグラ風だってよ」
答えを聞いても、サイラスの眉間のしわは元に戻らない。更に首まで傾げてしまった。サイラスは続けて質問する。
「……つまり何?」
「フォアグラっぽいキノコなんじゃないか」
「それは、フォアグラではないんだよね?」
「まあ、フォアグラはガチョウの肝臓だし。俺たちは滅多に食べられないから、雰囲気さえ合っていれば良いのかな」
「随分とテキトーな料理だね……うん、僕はナポリタンセットにする」
「ああ、それが良い」
結局、キノコのフォアグラ風は二人のお眼鏡にかなうことなく、話題から退場した。
注文をしてから数分後、二人の前に料理が並べられた。サイラスの前にはナポリタンとサラダ。デザートのチーズケーキも置かれていた。一方リオールの前には、サンドイッチとコーヒーが並べられている。サイラスは両手を合わせて食前の挨拶を済ませ、テーブルの壁側にあるケースからフォークを取り出した。
「ところで、君の作った人工知能ってどんなことが出来るんだ?」
サイラスはナポリタンをフォークに巻きつけながら質問した。リオールはサンドイッチを置いて、サイラスの後ろ側を指さした。
「あれを見てごらんよ」
「ん? ……わ、何か飛んでる」
サイラスが見つめる先では、羽の付いた物体が自分たちの目線より少し上の位置で飛び続けていた。物体には羽の他、高さ十五センチほどの縦に長い円柱に、赤いランプが一つ付いている。羽は虫に付いているモノによく似ていた。リオールは、その物体をまっすぐ見ながらサイラスに質問した。
「あれが俺の作った人工知能なんだけど。今、何をしていると思う?」
「お客さんをじっと見ているのかな?」
「そう、例えばお冷は足りているか、食器を下げても問題無いか。それらをカメラから見て、状況を判断するんだ」
「……あっ、店員さんが水を運んで来たよ」
「人工知能が水の量を検知して、キッチンに居る店員に知らせたんだ」
「わあ」
サイラスは目を見開いて、遠くの人工知能を見つめている。リオールはその反応を見て、一層誇らしくなった。
「こんな感じで、ここ以外でも人工知能が人間の仕事を助けている」
「すごいね、ここまで来るのも大変だったでしょ?」
「もちろん。アルゴリズムもそうだけど、監視されていると思われないように、デザインを何度も検討した。たくさん失敗して、改善して、何とか実用化まで行けたんだ」
サイラスは感心して「へえ」と言う。それから話題は一区切りして、二人はしばらく食事に集中した。
お互いの食事が後半に差し掛かった頃、サイラスはふと思い立って、フォークを皿の上に置いて口を開いた。
「でも、人間が人工知能に仕事を奪われる……なんてことは起きないの?」
質問を受けて、リオールの手も止まる。少し黙って考えた後、リオールなりの答えを話した。
「時代によって、必要な仕事は変わってくる。その過程で、仕事を失ってしまう人もいるかもしれないね」
サイラスは黙って聞いていた。リオールは更に続ける。
「ただ、この国は今、人口減少が深刻なんだ。だから、将来あらゆる分野で人手不足に陥ることは間違いない。その不足分を補うのが、俺たちの作った人工知能だと思っているよ」
「そうか……君の夢は、まだまだ途中なんだね」
「夢?」
「よく言ってたじゃないか。自分の技術で、皆が生きやすい世界を作りたいって」
リオールはその言葉を聞いて静かに頷く。サイラスの言う通り、それはリオールが幼い頃から掲げる夢だった。これから自分の開発した人工知能を発表するとは言え、夢の達成にはまだまだ途上の段階である。
「すごいなあ、いつか魔法の国にも人工知能が普及するかもしれないね。そうなったら、僕はもっと便利な生活が出来るのかな?」
サイラスは、完食したサラダの皿をテーブルの端に寄せながらぽそりと呟いた。それを聞いて、リオールはホームステイしていた頃を急に思い出した。人工知能がサイラスにどう役立つか、一つ思いついたのである。リオールはテーブルに両肘を付いて、顔の前で両手を組みながらおもむろに口を開いた。
「ああ、そうだ。お前の寝坊だって止めてくれるぞ」
リオールの突然の言葉に、サイラスは思わず水をこぼしかける。にやにや笑うリオールを見て、ムッとした表情で反論した。
「ひどいな、せっかく君を褒めたのに!」
「いや、急に思い出して……」
すっとぼけるリオールを横目に、サイラスは咳払いをしながら弁明した。
「僕が寝坊したのはあの時だけだよ」
「そうか、あの時は俺がよく布団を剥がしたっけなあ。お前、たまに目開けてただろ」
「目が合うと、何だか面白かったからね」
「ほら、やっぱりわざと楽しんでた。お母さまの苦労も知らずに」
サイラスは「知らないね」と言いながら、ナポリタンの最後の一口を飲み込んだ。リオールは口元を紙ナプキンで拭いた後、これまでの話題をまとめた。
「とにかく。人工知能は、ここまで進化したんだ」
「人工知能のすごさは分かったよ。じゃあ、僕が最近身に着けた技も見せようかな」
「技?」
サイラスは、ローブの左袖から長さ二十センチほどの木の棒を取り出した。これが魔法を出す際に必要な杖らしい。サイラスは、杖で自分の頭を指しながら話し始めた。
「最近は、頭の中でイメージするだけで魔法を出せるようになったんだ」
「つまり、呪文を一切唱えずに?」
「そう、出力のスピードが違うね」
「そんなことが出来るのか」
「頭の中で魔法式を組み立てて、形をイメージしていくでしょ。そうすればほら!」
そう言って杖を一振りすると、机上にあったチーズケーキの表面が一瞬で
「おおー。お前、店員にバレたらどうするんだ」
「その前に食べちゃうから、問題無いね」
「ハハハ、相変わらず口がよく回る」
サイラスは焙ったチーズケーキを口に放り込むも、首をかしげて「そのままの方が良かったかな」と呟いた。リオールはそんなサイラスを面白そうに見ながら、コーヒーを一口飲んだ。
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