第35話 独裁者
西新宿では依然として兜による士師狩りが続いていた。彼の攻撃によってその場に居合わせた柚組の構成員はほとんど死亡し、残っていたのは大樹と煉瓦の二人のみとなっていた。おそらく同様に攻撃を受けているのか、遠くのほうでサイレンが響いているにもかかわらず警察が介入してくるような気配は無かった。
二人はわけもわからないままひたすら兜の攻撃を
何が弱点があるはずだ、大樹は路上の車の裏に隠れながら考えた。いくら分身できるといえども、何かしらの欠点というものが必ずあるはずだ。分身を使う能力者の目撃情報はここだけに限定されているから、本体は新宿のどこかに潜んでいるんだろう。だが、いったいどこに?
「大樹さん!」
遠くの方で煉瓦が叫んだのを耳にして、大樹は我に返った。見ると、いつのまにか彼の目の前に分身が立っており、たった今銃口を彼に向けたところだった。大樹は反射的に発砲し、分身は肉体と服、そして手持ちの銃ごと消え去った。
こいつが厄介だ、大樹は思った。敵が能力者ならまだしも、俺たちが今相手にしているのはその分身だ。おそらく服や武器も能力の一部と見なされているから、相手の銃を奪うことすらもできない。このままじゃ俺たちは弾切れになっていつか死ぬ。
その時、大樹はあることに気づいた。待てよ──そもそも今の分身はどこから現れたんだ? まるで俺の位置を把握していたかのように、正確に俺の前に現れたじゃないか。まさか敵の分身は本体から現れるんじゃなく、召喚して生成するものなのか? だとしたら敵は、俺たちの居場所がわかるところにいるということか?
大樹はすぐさま通りに面しているビル群の屋上を見つめ、そしてある人影を目にした。その人物もまた兜と同じ見た目をしていた。大樹は一か八か最後の銃弾を放ってそれを撃ち抜いたが、正体はやはり分身であった。
一見無駄撃ちのように思えたが、今ので大樹はあることを確信した──敵の分身は、本体もしくは分身そのものによって召喚される。自身の目が行き届く範囲でならどこでも好きなだけ分身を作れるのだ。そしてビルの屋上にも分身がいるということは、本体はそれよりも高い場所から大樹たちを見下ろしているということになる。この付近で他より高い建物となると、それは一つしかない。
大樹は身を
「本体の居場所がわかった。敵は都庁の展望室から、スコープか何かを使って俺たちを見下ろしている。そこから俺たちを攻撃しているんだ」
それを聞いて煉瓦は展望室のほうを
「だとしたら、なおさらやつを止めるのが困難になりますよ。安全な場所にこもって攻撃ができるんじゃ、今の僕たちにはどうしようもできないです。ここはひとまず応援を待って──」
「その必要はない。ここは俺が行く。ただでさえ新宿や秋葉原で戦闘が行われているんだ、ここに応援が来る確証なんてない。だから俺たちがまだ生きているうちにけりをつけるぞ」
「けりをつけると言ったって、僕らだけでどうしろというんですか。僕らには瞬間移動の能力も狙撃銃も無いんですよ。こんな状況で都庁にいる敵を殺せなんて無理ですよ」
「無理じゃない。お前の能力さえあれば十分だ。お前にやってほしいことが二つある。俺が単独で都庁に乗り込む間に分身を誘き寄せてほしいのと、合図を出したと同時に能力を発動させてほしい」
能力を発動させてほしい。その言葉の真意を煉瓦は掴めずにいたが、大樹の覚悟を決めたような表情を見てようやく理解し、彼は思わず息を呑んだ。
「大樹さん、あなたまさか……」
「そのまさかだ」
「でも、何もあなたがそんなことをする必要はないんですよ! たかが能力者一人を殺すためだけにそんなこと……他に方法があるはずですよ⁉ それに成功するかもわからないじゃないですか!」
「いいや、絶対に成功する。そのためにはお前の協力も必要だ。だから手を貸してくれ、頼む」
煉瓦はしばらく
「柚さんたちを頼む」
───
突然大樹と煉瓦の姿を確認できなくなり、兜は早急に全分身と感覚を共有させて彼らの位置の特定を急いだ。あの二人が強い能力を持っているようには見えない、彼は思った。おそらく片方は非能力者だ。だが姿が見えないとなると都合が悪い。何かをされる前に早く見つけ出さなくては。
ふと煉瓦が建物の裏から現れたのを見て、兜は彼の周辺に集中して分身を生成した。一人は見つかったが、もう一人はどこへ行きやがった? この短時間でできることなんてたかが知れてる。だとしても、やつはいったいどこに?
その時、背後のエレベーターから作動音が聞こえ、兜は窓ガラスから目を離して振り返った。エレベーターは徐々に展望室のフロアへと近づいており、兜は予想外の展開に思わず面食らってしまった。
いったい何を考えている? 兜は思った。仮に──いや、絶対にそうなのだろうが──あのヤクザがここに来ているのだとして、わざわざエレベーターを使ってくる馬鹿がいるか?
兜は自身の隣に分身を二体生成し、エレベーターの入り口に銃口を向けさせた。それから間もなくエレベーターが到着し、中からスーツを着た男性が現れた。それは大樹だった。大樹は両手を挙げながら兜を見つめ、そして少しずつ彼のほうへと近づいていった。
「動くな」
兜は言ったが、大樹はそれを無視して歩き続けた。
「動くなっつってんだろ」
兜は大樹の足元を狙って撃つと、彼はようやく足を止めた。
「何しにここに来た。ここに来たら死ぬってことくらいわかってるだろ」
「わかってる。だから死にに来たんだ」
大樹は今、丸腰だった。彼の銃は既に弾を切らしており、その銃も展望室に来る前に捨ててきた。何か武器のようなものを隠し持っている様子はなく、兜に対しての戦意すらも持っていなかった。
「死にに来た、だと? そんなハッタリ通じると思ってんのかよ? お前が何かを隠してるってことぐらい知ってんだよ。狙いはなんだ、言ってみろ」
「狙いなんか無い。俺は何もしないさ。どうせ死ぬなら最後にお前と話がしたいと思ってな」
当然、そんな言葉を兜は信じなかった。彼は大樹の両脚に銃弾を撃ち込み、大樹はうめきながらその場に
何が目的だ? 兜は思った。おそらくこのヤクザは何も能力を持っていない人間だ。ここから俺を殺すことなど無理に決まっているはず。だったらこいつは、本当に戦闘を放棄したのか?
「なぁ、聞かせてくれよ」大樹は荒い呼吸をしながら言った。「ここ最近発生した人身事故の元凶は、お前なんだろ?」
「そうだ」
「何であんなことをしたんだ? 見たところだとお前、俺の後輩よりも若く見えるんだが、どうしてお前みたいなやつが人殺しの道へ踏み入れたんだ?」
「世直しのためだ。この世には他者に危害を与える不道徳者が多すぎる。そんなやつらが生きてても何の利益にもならないし、むしろ不利益しかない。だから俺はこの力を使って、より良い世界を作り上げてるんだよ」
「そのために俺たちも殺すってか?」
「もちろんだ。お前らヤクザってのは、本来存在してはいけないんだよ。ヤクザってのは生きてるだけで周りに迷惑をかける。この間の抗争でどれだけの被害が出たか知ってるか? 最初からヤクザなんて存在しなければあの惨事も起こらなかったんだぞ。これ以上お前たちが何かをしでかす前に、俺はお前たちを必ず潰してやる」
「馬鹿だな」大樹はわずかに口角を上げた。「お前は俺たちを完全なる悪だと思っているようだが、お前も十分悪だぞ。俺たちは治安維持のために人を殺しているのであって、より良い世界だとかを他人に押し付けるような真似はしない。お前のやっていることは優生思想の独裁者と一緒だ。自分のことを棚に上げるな」
「だったら今から国民に投票でもしてもらうか? 組織ぐるみで人殺しをしているヤクザと、一人で人殺しをしている高校生、どっちが有害かってな。当然ヤクザに決まってるだろ。俺は悪なんかじゃない、俺こそが正義だ」
兜は大樹の胸に銃弾を撃ち込み、大樹は激痛に耐えながら兜のほうに近づいていった。そんな彼に対して兜はさらに銃撃を続けた。胸や腹に穴が開き、そこから血がどくどくと流れ出ているにもかかわらず、大樹はその脚を止めなかった。
「何がしたい!」兜は怒鳴った。「そんなに我慢して何になるんだ! とっととくたばりやがれ、ヤクザ!」
兜は再び大樹の胸の肉をえぐり、大樹はようやくその動きを止めた。この時点で二人は互いに目と鼻の先にいた。大樹は弱々しく呼吸をしながら兜を睨みつけた。もはや体内から
「死ねよ」兜は大樹の額に銃を向けさせていった。「頼むから、世の中のために死んでくれ。お前らは邪魔なんだよ」
大樹は依然として兜を見つめていたが、ついに体力の限界が来たのかふらつき始めた。しかし彼はほんの一瞬だけ踏ん張り、兜の体めがけて体当たりをした。
「無駄な抵抗なんてすんなよ。重いし気持ち悪いから、さっさと俺の体から離れろ──」
「今だ」
大樹がそう口にしたのを聞いて、兜は全身に鳥肌が立った。何だ? 何の合図だ? このビルの中に誰もいないことは確認している。ましてや小細工すらも無かった。だったら、こいつは誰に?
ふと、大樹のポケットに何か固い物が入っているのを兜は見た。それはスマホだった。大樹はスマホの相手に電話を入れていたのだ。その時、突然背後からガラスが割れた音が響き、兜は思わず振り向いた。
そこにあったのは、兜に近づいてくる銃弾であった。いや、違う。銃弾は兜に向かっていたのではなく、瀕死の大樹に向かっていたのだ。大樹は元から自身を犠牲にして煉瓦に能力を使わせ、そして兜を殺すつもりでいたのだ。
銃弾は兜の首を貫き、そのまま大樹の胸に命中した。兜の肉体は消え去り、大樹はその場で一人力なく倒れた。
その目に光は宿っておらず、彼はゆっくりと
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