三十一通目 雷鳴
「と、言うわけです。」
菊花と藤花は、再びオフィスの外へと出ていた。今度は、余寒の安定した運転に揺られている。
「ふぁ……ねむ。」
大きな欠伸をする藤花がむにゃむにゃと眠そうな表情をする。
菊花に、藤花からの特訓を提案した余寒は、早々を恐れることなく、正式に許可を得た。
その際。早々にはなんべんも言わすな、と睨まれることになった藤花は、わかってると言いたげに不満気な表情をすることになった。
なにはともあれ、余寒は再び藤花を連れ出すことに成功する。
次の目的地はあの採石場ではなく、QATが所有する屋内施設。この施設にギフトを迎え撃てるほどの広さはないが、一般的な体育館ほどの広さのある屋内施設は、実践訓練にはうってつけだ。
「到着です。降りてください。」
残炎とは大違いの安定した運転で、駐車場に車を納めた余寒は、後部座席の扉を開け放ち言う。渋々と行った様子で出てくる藤花と、やる気に満ちた表情で降りてくる菊花。二人の表情の違いも気にせずに、余寒は慣れた手付きで屋内施設の鍵を開ける。
「……?」
施設が開かれる。余寒が持ってきた運動靴に履き替え、薄暗い下駄箱から次の部屋へと進む。すぐに高い天井が広がった。奥にはステージも存在し、壁際にはバスケットゴールが設置されている。まさに体育館というべきだ。爽やかな木の匂い。床は天井を反射するほどピカピカと輝いており、丁寧に管理されているのが伺える。
「定期的に、清掃業者を入れているんです。」
余寒が換気用の窓を
「藤花。菊花に、異能の訓練を。」
全ての窓を閉め、戻ってきた余寒に藤花がムッとした顔をする。
「オレに指図すんな。」
藤花がそう吐き捨てようと、余寒の表情が変わることはない。
「早々さんからの指令です。」
それとも、地下に戻りますか。今度は助けてもらえないでしょうね。淡々と藤花を脅す余寒に藤花の眉間のシワが深くなる。藤花が遊んでいたバスケットボールを倉庫に戻しながら、菊花はその行く末を見守っている。
「はいはい……やればいいんでしょ。ていうかその敬語ムカつくからやめろ。」
渋々と言った様子で藤花が菊花に向き直る。誰か思い出しますか。なんて余寒の更にムカつく問いを藤花は必死に聞かないふりをした。
「……使えば、異能。」
徐ろに、クイクイと何度か人差し指を曲げ藤花が菊花を煽る。これは特訓だ。煽りに乗らず、しかし素直に菊花は異能を発動する。
藤花は、施設の隅に立てかけられていた掃除用のモップを扇風機の羽のように回転させる。巻き起こった風によって、自身を霧から守った藤花。藤花は、突然菊花に距離を詰め、その腹へ殴りかかろうとする。菊花は咄嗟に躱そうと身を翻すが、異能の発動に集中していたためかその拳は無情にも直撃する。菊花が小さく呻いた。
「袋でも被ったほうがいいんじゃねえの、お前。」
藤花が呆れた様子で言い放つ。菊花は腹を押さえ、蹲る。そして、何の話だと言わんばかりに藤花を見上げ睨み付けた。そんな菊花に藤花は続ける。
「どうせ見えてても当たんなら、隠したほうがマシだろ、それ。」
藤花が指差す先には、菊花の頬。しっかりと浮かび上がる菊の紋。
「
そもそも異能の装填が遅い。簡単にバレてんだよ、次の手が。
藤花の鋭い指摘に菊花はぐうの音もでない。
菊の紋のことは自覚していた。しかし、それが戦闘にそんなにも影響を出すとは。藤花に言われるまで菊花は自覚出来ていなかった。普段の任務では、異能の発動が相手に気付かれることによるデメリットなど、考えもしなかった。そもそも、次の手、など。これは、戦闘経験のなさと慢心か。
だが、結果気付かされた。これから晩夏と行うのは、いつもの異常異能者の鎮圧とは違う。戦闘に特化した異能を持つ相手と組んで戦う
だいたいさ。藤花は更に厳しい言葉を続ける。
「あの、晩夏とかいう奴。重力だろ、異能。」
「お前の異能で勝てるワケない。」
はっきりと告げられたその言葉に、菊花の頭は冷水を浴びたかのように急激に冷える。と、同時に菊花の心臓は熱くなる。
頭では、勿論わかっている。このままでは晩夏の足元にも及ばないことを。だが、それを認めてしまうのは、それを他人の裁量で言い切られてしまうのは、あまりにも。込み上げる悔しさで、ドクンドクンと魂が脈打つ。
それでも、それでもなんだ。やらなくてはいけない。ぼくは絶対に。叫びだしたくなるほど強いエゴが、心臓を破り、何かと呼応する。
『
はっきりと聞こえた。大きく息を吸い込む。まるでそれが最期の呼吸とでも言いたげに。
両の手に、バチバチと音を立て電気が走った。不思議と、痛みはない。あるのは熱と高揚感。自らの背ではためく
あの雷鳴が再び鳴り響く。あの日の輝きが、瞼の奥で跳ね回る。オレを使えと誰かの声がする。菊花の胸のすぐそばから。眼帯を弾ける雷が焼き切った。
この力は、天地始粛。ではない!この力は!
「
口から漏れ出たその名前。唸るように、呼び声に応えるかのように、歓喜を乗せて周囲を
藤花は、呆然としていた。それもそのはず。
それどころではなく、バチバチと輝きに合わさて鳴り響く轟音は、塞ぐ手が照りなくなるほどに眩しい。
だが、同時にその力を知らない藤花でもない。いくら興味がないとは言え、QATである以上関西支部にもその
「……気持ち悪ぃ
藤花が小さく呟く。その口元は、嫌悪に歪んでいる。
藤花個人として。拝啓は嫌いだ。英雄譚も好きじゃない。雷だって、音も光も結局はあのお気楽な
それは、ムカつくほどに強大だ。何処かで、自分が。そして、誰もが一度は。どうしようもなく打ちのめされて、諦めた悪足掻きや小さな祈りを、丸ごと
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