ニ十九通目 茄子の塔

「ほら、キビキビ走れって。」

 藤花が菊花の背中を強く押す。

 早々に怒鳴られ、二人が訪れたのはあの採石場。何時ぞや、ギフトと藤花を戦わせたあの場所だ。あれからすっかり整備されたのか、過激な戦闘の痕跡は全く残っていない。大きく窪んだはずの地面は均されており、ひび割れボロボロになったはずの岩壁も人工的に切り取られた綺麗な岩肌が並んでいる。

 前回は、事前に連絡をして採石場そのものを貸し切った。だが今回は藤花がQATの社員証を見せ、強引に入り込んだ。事態のわからない採石場の作業員達は、何か重要な任務でもはじまるのかと、遠巻きに藤花達を観察している。

 そんな場所で菊花は、広大な採石場をもうニ十周目は走っていた。均されているとは言え、普通の道よりも足場は悪い。悪路は簡単に菊花の体力を奪っていく。そのうえ、ときおり藤花が異能で操った岩石を飛ばし菊花が走る邪魔をしてくる。菊花は何とか躱しながら、体力作りという名目で懸命に走っている。

「ふぁ……。」

 藤花の呑気な欠伸を菊花は睨み見つける。藤花で十分。そう言って早々に送り出されたが、藤花がまともに自分を鍛えてくれるとは菊花は思っていない。他に自分に稽古をつけてくれる相手を探さなくては。菊花は鉄の味がする口内を噛み締めながら考える。

「あ、いたいた。おーい、何してんだ?」

 菊花は聞き覚えのある声に振り返る。立ち止まり視線を向ければ、採石場の入り口付近から残炎が小走りで寄ってくる。シャツやネクタイを着用していないラフなその服装から、プライベートであることがわかる。

採石場ここのおっちゃん達がオレに連絡よこしてさ。」

 突如現れた残炎曰く。菊花達の行動を不審に思った採石場の作業員が、前回の件で連絡先を交換していた残炎を呼んだらしい。結果。非番とは言え、市民の不安解消の為に残炎は採石場に訪れた。

「で、何してんの?」

 残炎の改めての問いに菊花が説明する。菊花は強くならなければいけないと決意したこと。その為に早々に師事したこと。早々がその役目を藤花に任せたこと。藤花に連れられるままここで走っていたこと。

 現状を簡潔に話せば、なんだ走ってただけかと笑う残炎に強くなることへの焦りがある菊花は内心むっとする。

「でも、ここだとおっちゃん達が心配するだろ?だから、」

 移動しようぜ。そう残炎が言おうとした時だ。

 ぎゅるる……。

 二人の視線が一斉に音の主へ向く。藤花が自身の腹を擦り一言言い放つ。おなか減った、と。


 採石場の作業員に事情を話し、三人は採石場を後にする。そして今は、残炎の運転する車に乗ってやってきたファミレスの駐車場にいる。

 車の中で、菊花と藤花は青い顔をしていた。

「免許返納しろよ……テメェ……。」

呻くような藤花の声に、残炎は照れたような笑みを浮かべる。藤花は今にでも脛を蹴り上げてやりたかったが、生憎そんな気力はなかった。それもそのはず。かつて、あの早々でさえグロッキーにさせた残炎の運転技術によって運ばれたのだから、無理もない。

 安全運転。法定速度準拠。そのはずなのに何故、こうも暴れ馬の様に荒々しい運転になるのか。菊花と藤花には不思議で仕方ない。普段、に乗っているであろう残炎のバディである敬具に若干の尊敬の念すら覚えるほどだ。

 菊花は、いくら疲労がたまっていたからとはいっても、自分が運転すればよかったと淡々と助手席で悔いている。

 数分の休憩のあと、やっと藤花と菊花は車から出てきた。先に降り、店内で予約番号をもらっていた残炎は、もうすぐ呼ばれそうだ。と二人に声をかける。藤花はまだ残炎をジト目で睨みながらも、空腹には勝てないのか大人しく店内に入っていく。


 平日とは言え、お昼時。店内は老若男女で賑わっていた。菊花達は通された席に座ると各々がメニューを開く。

「これ。あとドリンクバー。」

 食べたいものが決まっていたのか、選ぶのがめんどくさかったのか。さっさとメニューを決めた藤花がパスタを指さしながらそう言い放ち、メニューと共に置いてある間違い探しを手に取る。熱心に間違い探しを眺める藤花を横目に菊花と残炎もメニューを決め、注文をする。

 藤花がドリンクバーを取りに席を立てば、残炎は手元に間違い探しを引き寄せ覗き込む。だがすぐに、戻ってきた藤花に奪い返され、一箇所も見つけられてないとぼやきながら自身のドリンクバーを取りに行く。

「お待たせしました。ボロネーゼ風パスタです。」

 店員がやってきたことにより、菊花が素早く間違い探しを片付け、藤花の前を開ける。藤花の前に置かれたパスタを見て、菊花と藤花は同じ感想を抱く。

「げ。ナス入ってんだけど。」

 藤花が口に出した言葉に、菊花がしっかり確認しないからだろと返す。確かに藤花は料理をすぐに決め、あとは間違い探しに夢中になっていた。その事実は否めない。だが、ナスが嫌いな藤花はえー、と眉間にシワを寄せた。

「あげる。」

 藤花が配膳ロボによって、丁度やって来た菊花の料理の皿に異能でナスを移動させる。異能の無駄遣いも甚だしい。いらない。菊花はすぐにフォークでナスを返す。

 何を隠そう。菊花もナスが苦手なのだ。だからこそ、このナスを受け取るわけにはいかない。このことを拝啓が知れば、そっくりな兄弟ですねーとやけに満足気に微笑んだことだろう。

 何度かナスをやり取りをした後に、店員が最後の皿を持ってくる。

「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか。」

菊花は会釈し肯定する。そして再び自分の皿からナスを出す。藤花がオレ腹減ってんだけど、とぼやき出す。そして、最後に運ばれてきた残炎の皿へと徐ろに視線を向けた。


「途中で配膳の猫に撫でてほしいって言われ……て、さ……」

 やっと、ドリンクバーからメロンソーダを片手に、にこにことした表情で戻ってきた残炎の動きが止まる。視線の先には自身の注文したハンバーグステーキ、の上に芸術的に積み重ねられたナス。

 ただのナスではない。それは各々が絶妙なバランスを保ち、例えばジェンガを制した各国の王者とも言うべき存在が、限界を超えた先でまだ戦いを続けるジェンガの最終決戦か、超絶技巧を駆使して作られた精巧なギリシャ彫刻を彷彿させるかのような人類の限界に挑戦したと言っても過言ではない美しい芸術の集合体となったナスタワー。過言だ。

「……ファミレスのハンバーグってこんな感じだったっけ?」

 数回。瞬きを繰り返し問う残炎に、この偉大なナスタワーの制作者である藤花は何食わぬ顔でうん。と返事をする。リニューアルしてたかなぁ。残炎が席に着くと、絶妙なバランスを保っていたナス達は、その振動で自らが一種の芸術を形作っていた痕跡など残す暇もなく、儚く一斉に皿の中に散らばる。

 そうして、フォークで一つずつ捕まったナス達は、あっさりと残炎の胃の中へと消えていった。


 食事が終われば、三人が混み合った店内に長居する必要はない。藤花は、間違い探しを全問見つけたようで満足気だ。一番近かった残炎が何の気なしにレシートを持ち、セルフレジへと向かう。

「ねぇ、オレ財布持ってないんだけど。」

 突如として、藤花が衝撃の発言をする。そのまま菊花を見た藤花と目を合わせずに、流れるように菊花は残炎を見る。

「え?オレ?」

 残炎の困惑を、同じ目をした兄弟が肯定と言いたげに無言で見つめる。え?本当にオレ?そう言いながらも残炎が電子マネーを用いて全員分を支払う。

 菊花は当然、財布を持ってきていたが、藤花の分を大人しく自分が払うのはなんだか癪だ。その為。残炎を見たのだが、よく似た兄弟の無言の魅力によって何かに成功した。

「今度何か……」

 代わりに奢ってくれよ。そう言いながら運転席に座ろうとした残炎の首根っこを掴んで藤花が引き摺り出す。その隙に平然と菊花が運転席に座る。兄弟の連携プレーによってあっという間に運転席を占拠された残炎がぽつりと一言問う。

「なんかオレの扱い雑じゃない?」

 今更だ。

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