十六通目 異能の蛇

「話は、拝啓から聞いたよ。」

 歳末達の元へ向かった菊花は、そう歳末に出迎えられた。ここは行方不明となった花冷の自宅だ。QAT関東支部の社宅の一室であり、質素な鉄の扉は、記憶がない花冷の脳裏のように閉ざされている。

 花冷の自宅は、拝啓の指示により、既に余寒が花冷が在宅していないことを調べた後だ。だが、改めて歳末と三伏が訪れている理由。それは、歳末の肩で微睡んでいる。

 深緑。白い鱗に赤い瞳。アルビノの容貌をした人語を返す異能の蛇だ。

「深緑に花冷の異能の匂いを追ってもらうんだよ。」

 彼は異能者だから、必ず深緑の鼻……いや、ピット器官だっけ……。いや、異能だからそもそも……ええっと、とにかく何かに引っかかるはず。

 歳末は、うろ覚えな言葉を濁しながら余寒から受け取ったマスターキーを扉にかざす。普段は、拝啓が所持しているマスターキー。その貸し出しには、面倒な手続きがあることを思い出す。歳末は脳裏で、余寒に返却し、余寒から拝啓に返却して貰おうと考える。そんな歳末の思考を他所に、ピピッと辺りに響く少しの電子音。続けてガチャリという音。同じく社宅に住む自分達の扉の鍵が開いたときと同じような音に、三人は問題なく鍵が開いたことを理解する。

 お邪魔します……。三伏と菊花が見ている中で、歳末は扉をゆっくりと開く。玄関には何一つ物が置いていない。靴を脱ぎ、家に上がる。物が置いていないのは、居間も同じようだ。三人が足を進めるたびに、殺風景な部屋に物音が反響する。

「こう、普段着てる服とかがあればいいんだけど…。」

 歳末が部屋を見渡す。これはどうですか?同じく部屋を見渡していた三伏の呼びかけに歳末が近づく。

 それは小さな段ボール。中には整頓された服が並んでいる。あんまりにも人間味がなくこじんまりしている私物に、歳末は思わず学生時代の拝啓を思い出す。記憶喪失。人間性の欠如。その二つは酷く似ていると思わずにはいられなかった。

「歳末さん?」

 菊花に声をかけられ、歳末がハッとする。そうだ深緑!歳末が深緑を服の上に下ろす。蛇嫌いなら叫びだしそうな光景に、どうか、花冷が蛇が苦手ではありませんようにと祈りながら。

 服の上に降ろされた深緑はシュルシュルと舌を出しながら、暫く段ボールの中を這い動く。わかりそう?歳末の声掛けに深緑が段ボールの中から顔を出す。

「なァ。こいつは何かおかしいよ。」

 何が?深緑の言葉に歳末が聞き返す。手から、腕を這い、歳末の肩に戻りながら深緑が口を開く。

「こいつが、花冷の異能匂いなら。街中……それどころか大気まで花冷の匂いだらけさ。ま、対策されてるってことだろ。」

 歳末が目を見開く。あまりにも予想外の返答。それなら、それを細工した異能者の異能臭いがするはずじゃ……!歳末の反論も虚しく深緑は首を振る。花冷の匂いしかしない。これじゃ、花冷の匂いを追うどころか、花冷の中にいるみたいだ。深緑でも通じない。その事実に三人は眉をひそめる。

「どうせ異常異能者集団だと思ってたんだけど……?彼は一体何に拐われたんだろう?」

 こんなにも盛大な証拠隠滅。誘拐犯はよほど花冷を拐ってしまいたい理由があるらしい。歳末は頭を悩ませる。

 一度拝啓のところに戻るかい?深緑の提案。頷きかけた歳末を菊花の一言が静する。

「拝啓さんは、調べたい事があると。」

 そう言えばそうだった。歳末は菊花が自分達と合流した理由を思い出し頭を抱える。単独行動をすると決めた拝啓は中々捕まらない。頭を抱えたり、首をひねったりと歳末は忙しそうにしている。

 一方。三伏は一人、部屋の中を見て回っていた。部屋にあるものと言えば。

 先ほど見ていた衣服の入った段ボール。リビングにおいてある袋。中身は無いが、恐らくゴミ袋だ。ゴミ箱は買っていないらしい。小型の冷蔵庫があるが、中には何も入っていない。他には、カーテンの付いていない磨りガラスの窓。磨りガラスだから良いと思っているのか、眩しくはないのか等の疑問が浮かぶ。

「これは……。」

三伏が思わず声に出す。それは洗面所に置かれたハンガーラックに唯一かけられていた花柄のワンピース。白を基調とし、青いと銀の糸で美しい花が刺繍されたワンピースは、シンプルだが高級感がある。この家の中で唯一丁寧に扱われているものと言っていい。恋人へのプレゼントだろうか?花冷に恋人がいるとは思えないが。普段の、自らの生活すら辿々しい様子の花冷を思い出しながら三伏が思う。

 まさか、自分で着るようか。思いついた思考に、人の趣味を否定してはいけないと思いつつ、三伏は考える。

 花冷の体格は、中性的とは言いにくい。身長は、179cmある三伏自らとさして代わりはしないし、筋肉も、三伏自らと同じぐらいはあるように見える。三伏は、常日頃刀を中心に戦う。それ故に中々に鍛えてはいる方だ。例えばもし三伏が目の前のワンピースを着ようものなら、上品につくられたパフスリーブは、鍛えられた筋肉で広げられ、見るも無残になるだろう。花冷の金糸のような髪にいくらこのワンピースが映えようと、体格はカバーできない。もし同じ金髪の三伏自分が着るとしてもパフスリーブは絶対に選ばない。思考が激しい迷走をしつつ、三伏は考えをまとめた。やっぱりこのワンピースは誰かへのプレゼントだ。しかし、誰へ?真相に辿り着けそうな、全く関係がなさそうな。三伏は悩みながら、歳末達のいるリビングへと戻る。

「そっちには何かあった?」

 体育座りで床に座り込み、何処か遠い目をしている歳末が三伏に問う。手掛かりになりそうなものは特に何も。三伏の返答に、そうだよねぇ…。と歳末が項垂れた。

「今日はもう帰ろうか……。拝啓は、まぁ……何とかボクが捕まえておくから……。」

 よっこらせ。掛け声と共に立ち上がった歳末が時計を見ながら言う。定時にはまだ早い。家はすぐそこ。歳末は帰りたい。その気持ちが滲み出ている。ただ、ワーカーホリック気味の菊花は時計を確認し、微かにオフィスに戻りたそうな顔をしている。

「歳末が帰って菊花だけ戻ったら、歳末のメンツ丸潰れだなァ。」

 菊花の軽微な表情の変化に気がついたのか、それとも菊花のワーカーホリックを知ったうえでの発言か、深緑が悪戯っ子のように馬鹿にした様子で笑う。歳末が勢いよく菊花の方へ向いた。

「モドラナイデ……。」

 メンツはこの際どうでもいい。だが、拝啓に小言を言われたくない。歳末から滲み出る懇願のオーラに、流石の菊花も渋々といった様子でわかりました。と返事をする。歳末がホッ……と安心し胸を撫で下ろした。


「じゃあ、また明日オフィスで合流ね。」

 花冷の家から出て、三つ先の自宅の扉に手をかけながら、三伏と菊花に歳末はそう言い残す。そうして鉄扉の奥自宅へと消えていった。

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