第10話 今回だけ。このひとときだけ。
「———……そんな馬鹿な」
普段ペラペラ適当で意味不明なことを話している俺にも、今の状況にはこんな陳腐な言葉しか出てこなかった。
流石に衝撃が大き過ぎると頭も回らないということだ。不慮の事態に直ぐ思考を割り切れない辺り、俺は合理的な人間にはなれないらしい。
「……いや、マジか……」
ボソッと零した俺の言葉は、誰にも聞かれること無く———体育倉庫の冷たい空気の中に消えていく。ひんやりとした空気が肌に触れてちょっと寒い。
梅雨の時期って半袖にするか長袖にするか迷うよな。まぁ迷った挙げ句半袖にして現在進行系で後悔してるけど。誰だよ半袖にしよって思った奴。ええ、俺ですよ。だってこんな状況になるとか思わないじゃん!
そう———俺は体育倉庫に閉じ込められた。まぁ正確に言えば……。
「体育倉庫の中って、意外とジメジメしてないのね」
「そりゃジメジメしたらマットとかにカビ生えるし設計的にジメジメしないようにされてんじゃないか? 知らんけど」
「じゃあ寒いのはなんで?」
「さっぱり分からん。タイムスリップでも出来たら創設者に聞いてたかもな」
「ふふっ、なにそれ。でも、とーくんなら知ってると思った」
「俺のことを歩く百科事典だとでも思ってる? 俺だって知らないことはあるからね? というか知らないことの方が多いからね?」
俺と中村が閉じ込められた、ではあるが。
というのも、授業が終わる少し前に体育の教師に『体育館にある体育倉庫からコーンを取ってきたから返して来てほしい』と言われたのだ。それを心優しき俺達は返しに行ったのだが……何も知らない別の教師によって鍵を掛けられた、ってな経緯だ。
てかおい野崎(体育教師)、自分が取ったなら自分で責任持って返せよ。
アンタ、授業中ずっと腕組んでただけやろがい。38にもなって子供気分は恥ずかしくないんですか?
それに閉めた別の教師も教師だ。
普通閉める前に中に人がいないか確認するのが常識だろ。どういう思考回路したらガチャンしちゃうんだよ。税金泥棒って呼ぶぞコラ。
なんて教師に不平不満を垂れている俺の横では、中村は何故かテンションが上っているのか、色々な物を物色している。あ、バスケットボールを投げないの。そっと片付けなさい。
「はぁ……ガチでどうすんだよこれ……」
「重く考えすぎじゃない? どうせ次の授業の人達が開けてくれるって」
中村が畳まれたマットの上に腰を下ろして言う。気楽だね、君。
そもそも俺が早く出たいのは、ひとえにこの状態が気まずいからだ。1人ならマットに寝転んで爆睡をかましてる。こっちに怒られる理由ゼロだし。
だが、此処には俺の他に、よりにもよって中村がいる。昨日シミュレーションデートをしたとはいえ、そんな1日そこらで気まずさが解けるわけもない。こんなことなら見学なんてするんじゃなかった。
…………早く、開けてくれないかなぁ。
俺ははしゃぐ中村を横目に小さくため息を吐いた。
「…………来ないな」
「……うん」
「……そう言えば、6限で体育やったことないよな」
「…………うん」
待つこと十数分。授業開始のチャイムが鳴った時。それこそ俺達が別クラスの誰かが開けてくれるという淡い希望を捨てた瞬間だった。
しかも最悪なことに、6限は欠席扱いときた。まぁそれは後で事情を説明すればなんとかなりそうだが……この気まずさの中で1時間以上も耐えないといけないというのか。こんなの一種の拷問だ。ドMでも喜ばないぞ。
「あーあ、授業サボっちゃったねー。今学期はサボんないようにしてたんだけどなー」
気まずさに押し潰されそうな俺を他所に、中村が跳び箱の上に座り、足をプラプラさせながらぼやく。が、ちっとも残念がっている様子はなかった。
何を考えているのやら……と不思議がる俺だったが、中村にジッと見つめられていることに気付いて思考が途切れる。
無視しようかと思ったが、気になって仕方ない。小さく息を吐き、口を開く。
「……なんだよ」
「んーん。眠そうだなって」
「眠いよそりゃ。寒い所って眠たくなるし」
「とーくんのことだし、それだけじゃないんでしょ?」
肩を竦めて言う俺にノータイムでダウトを突き付けてくる中村。何故そんなに目敏いのか。超能力者って言われた方が納得するぞ。
「や、体育の前に言ってたじゃん。ゲームしてたとかなんとか」
「……言った。言った記憶があるわ」
確か謎にウチのクラスに居た矢代に言った気がする。朧気だけど……って。
「え、聞いてたん?」
「……だって、昨日の今日だし。あんな無茶振りした次の日にしんどそうな顔してたら気にするし」
だから。と中村は言うと……跳び箱から降りて、何やらマットを弄り始める。
そして、いきなり何してんだコイツ、と半目を向ける俺を無視してマットを床に敷いたかと思えば。
「———ん、おいで」
そんな言葉と共に、正座をした中村がポンポンと自分の太ももを叩く。体操ズボンから伸びるシミ1つなく、ハリがありながらも柔らかそうな健康的な太ももからは、何処か神秘的なエロさを感じた。つまり非常にえっちぃ。
「お、おまっ、なんてこと言ってんの!?」
「や、キョドり過ぎだし。童貞じゃあるまいし……ほら早く」
呆れる中村が再び太ももを叩いて急かしてくる。叩く度に僅かに揺れる太ももが非常に目の保養……もとい目に毒だ。
というか陽キャにとっては膝枕は友達なら誰にでもするものなのだろうか。は、なんだそれ、天国かよ。1日でいいから身体を入れ替えませんか?
「———とーくん?」
「…………いや、遠慮しとく」
「ちょー迷ってたね。ふふっ、かわいい」
苦渋の選択を迫られた俺がやむを得ずすいっと視線を逸らせば、彼女はお見通しとばかりにクスクスと笑ってくる。
———が、直ぐに笑みは鳴りを潜め、悲しげな面持ちでボソッと呟いた。
「…………また、溜め込むんだね……」
「っ」
きっと無意識だったのだろう。その証拠に、こんなに静かな場所じゃなかったら絶対聞こえない声量だった。
でも———俺は聞いてしまった。見てしまった。
…………そんな顔するなよ。それじゃあ俺はなんのために……。
「…………借りる」
「えっ?」
「今回だけ。今回だけ、甘えさせてもらっても……いいか?」
自分に言い聞かせるように。2度はないと自分に戒めるように。
顔色を窺いつつそう言った途端———心音がぱぁぁっと笑顔になる。
「うんっ……! ついでによしよししてあげるっ」
それはやめて。同級生の女子からの赤ちゃんプレイは中々に心に来るものがあるから。いやマジで。
俺は羞恥に顔が火照っているのを自覚しつつ、そっと中村の下に近付き……お腹とは反対側を向いて頭を乗せる。
同時に一気に疲れが押し寄せてくる。どうやら自分が思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。まぁシミュレーションデートの前の日は、緊張で殆ど寝れなかったのもあってほぼ二徹状態だったから、納得と言えば納得だ。
「……どう?」
「……最高です」
「なら良かった……」
不思議だ。
もう2度と関わらないと思っていたのに。
彼女の人より少し高い体温も、落ち着く甘い匂いも……2度と感じることはないと思っていたのに。
———あぁ、眠たくなってきた。
いよいよ抗い難い睡魔が俺の意識を塗り潰していく。頭も回らなくなってきた。
そんな朧気な意識の中、最後に俺の記憶に残っているのは。
「———おやすみ、とーくん」
俺の顔を覗き込むように前傾姿勢になり———穏やかに微笑む心音の姿だった。
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