第5話
──味がしない。
そう仮称『天華』は口にしたが、全くの無味ではなかった。口にしたそれからは、僅かばかりの温もりと、生臭い鉄の香り。独特の味と、ほんの少しの粘性を確かに感じていたのだ。
それらの情報は、彼女の血液が正しく血液であるという事実の証左であった。しかし仮称『天華』はそれの他に求めていた味があったらしい。ほんの少しの間をはさみ──再び喉笛へと噛み付き、先ほどよりも強く血を吸った。
仮称『天華』が感じたのは──先程と変わらぬ味と、香り。そしてほんの少しの温もりだけ。
現実を前に──
「
答えはない。彼女──
「他の子達に会って、記憶を取り込んで────だから、此処へ来た。違うの?」
仰向けになったことで気管に血が流入したのか、彼女は激しく噎せる。その度、二人の白装束に染みが増えた。しかし二人ともそれを気にする様子はない。仮称『天華』はアルカイックスマイルのまま、彼女を見をおろしていた。
「…………会った、けど。皆、死ん……で、た」
「生死は関係ないのよ
仮称『天華』の問いに対し、彼女は首を横へ振った。その瞬間、仮称『天華』が「嘘をついても無駄よ」と鋭く言い放つ。
「貴女からは他の子達の匂いがするもの。少なくとも雪原の彼女──
沈黙を肯定と捉えたのか、仮称『天華』は話を続ける。
仮称『天華』曰く彼女──
欠片と表現しているが、石片のような形あるものではないとの事。理由は不明だが、
「──……雪原の
曰く──仮称『天華』や
……ただ、それでは辻褄が合わない。仮称『天華』自身が語った言葉が真実であるのなら、彼女もまた誰かに引き揚げられた者である。仮称『天華』を引き揚げたものは一体誰なのだろうか?
「天華は、なにがしたい、の」
「何もかもを凍らせてしまいたいだけ」
「……それは、貴女の願い? それとも、彼女の願い?」
彼女の言葉に、仮称『天華』の眉毛が動き──寸秒の間を挟んでから「どういう意味?」と苛立ちを滲ませた声で問う。これに彼女は、軽い喘鳴交じりの声で「そのままの意味」と答えた。
「そんなの、どっちでも良いじゃない」
「良く、ない……から、聞いた」
相変わらず喘鳴交じりではあるが、彼女の声には少しばかり活力が戻っている。その代わりに、仮称『天華』の表情は陰りが差していた。
暫しの間、視線を交わした後に──仮称『天華』は溜め息をつき言葉を続ける。
「────正直、わからない」
「そう」
「……どっちでも良くないって言っておきながらそれ? 少し酷くないかしら」
「わからない事を、無理に、話す……意味は、ない……もの」
彼女は答えると、ふらつきながらも立ち上がり仮称『天華』へと向き直った。彼女の出血は止まった様子だが、未だ傷むのか片手で傷口を押さえている。満身創痍の様相には変わりなかったが、その目だけは活力に満ちていた。
「天華。貴女は──あの子を、見たの?」
心当たりはないのか、仮称『天華』は怪訝な表情で彼女を睨む。これを彼女は「否定」と捉えたのか、ほんの少し悲しげな表情で仮称『天華』を見ていた。
「
時折咳き込みながらも語る彼女を前に、仮称『天華』の表情は難しいものになっていく。身の内に抱く感情は、疑惑と苛立ちだろうか?
「
「確証はない。けど……きっとこれは、幼少期の、
「……そんな記憶、私は知らないわ」
「貴女じゃ、ないよ。これは一番最初に産まれた子──ううん、
この発言を前に、仮称『天華』は初めて驚きの表情を見せた。しかしその表情はすぐに消え、強い疑念と怒りの混じった表情へと変わる。言葉もなく、じっと見つめたまま仮称『天華』は彼女との距離を潰した。
「なら聞かせて。
「自分の帰る場所を、凍らせてしまったから」
この答えを耳にした仮称『天華』は「信じられない」といった表情で彼女を見ていた。両者間──もとい血縁の娘達全員に『初代
最も古い個体である仮称『天華』は、初代とより深く繋がっている自覚があったのだろう。他の彼女達──
「…………私は、なにも憶えていなかった。ここの石棺に閉じ込められた理由も、経緯も何一つ知らなかった」
険しい表情の仮称『天華』を余所に、彼女は話を続ける。
「外が
「……聞いた?」
「うん。私は記憶を見せてもらっただけ。お姉ちゃん達の記憶を手掛かりに、私の中に居るあの子を知ろうとした」
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