第20話 王の贈り物大作戦


 宝物庫の美術品を鑑賞したり、庭の手入れをしているうちに夜が来た。

 私は窓辺に置かれた椅子に座り、この日の出来事を振り返る。

 思い出すのは宝物庫で見た絵のことばかりだ。どれも本当に素晴らしかった。

 煌さんに何度も「贈る」と言われ、そのたびに遠慮したのだけど。

 少し申し訳ない気持ちになっていると、部屋の外から暎暎の声が声をかけてきた。


「姚妃様、また陛下がお見えになってますよ~」

「えっ、また?」


 思わず甲高い声をあげてしまう。もう夜なのに、政務の方は大丈夫なのだろうか。

 史厳さんに小言を言われていないといいけれど。追い返すわけにもいかないし。


「お通しして」

「かしこまりました~」


 扉が開き、入り口に煌さんが姿を現す。


「失礼します」

「こんばんは、煌さん。今度は何のご用――って、えっ!?」


 用件を聞こうとした私は部屋に入ってきた宦官たちを見て、驚きの声をあげた。


「その卓子に置いてくれ」


 煌さんの命令に三人の宦官が「はっ」と答え、手にしていた荷物を室内へと運び込む。


「置いたら戻っていいぞ」

「御意」


 荷物を置いて退室していく宦官たちを、私は目を白黒させながら眺めていた。

 卓子の上には紙の束や複数の顔料、絵筆などが並べられている。


「あの、あれは……?」

「画材一式です」


 目を丸くしたまま尋ねた私に、煌さんは笑顔で答えた。


「それは、見ればわかりますけど……」

「あなたには高価な絵より、こっちの方が喜んでもらえるのではないかと思いまして」

「……あれを私に?」

「はい。絵を描きたそうに見えたから。私の気持ちです。受け取ってもらえませんか?」


 ――私が絵を描きたそう?


 もしかして、宝物庫で絵を鑑賞していた時、彼にはそんなふうに見えたのだろうか。

 無意識に手を動かしていたかもしれないが、絵を描きたいかというと、よくわからない。

 ただ、せっかく用意してくれた贈り物を断ろうという気にはならなかった。


「わかりました。あなたのお気持ちということですし、いただいておきます」

「そうですか。よかった」


 まあ、画材くらいなら問題ないだろう。国宝を受け取るよりは。

 何かもらっておかなければ彼の気が済まなそうだし……。


「あの、もしよければ何か描いてみませんか?」

「私が? 絵をですか?」

「はい。あなたが描いた絵を見てみたいです」


 そう言って煌さんがキラキラした目を向けてくる。

 どうしよう。期待の眼差しがまぶしい。絵から遠ざかって八年。うまく描ける自信がない。

 でも、これが贈り物に対するお礼になるのであれば――。


「わかりました。簡単なものでいいなら、描いてみます」


 ここまで良くしてもらっているのだ。少しでも彼の期待にこたえたい。


「お願いします!」


 煌さんは笑顔で言って、紙と顔料の準備をしてくれた。

 さて、何を描けばいいだろう。手本になりそうなものがあればと、周囲を見回してみる。

 臥牀しんだいの側に置かれた牡丹の鉢植えが目に入った。昨日、煌さんがお見舞いに贈ってくれたものだ。

 あれならちょうどいいかもしれない。


 私は筆に顔料をつけ、紙に牡丹の輪郭を写していく。

 幾重にも連なる花弁は、赤に白い顔料を足して陰影をつけた。

 花の中央に黄色い雄しべを入れ、緑の顔料で茎や葉を描き込む。

 鉢植えを観察しながら形を調整し、光源となる箇所に淡くぼかしを入れて完成だ。


「できました」


 筆を置いて告げると、完成画を見た煌さんが目を見開いて賞賛した。


「す、素晴らしいです!」


 そうだろうか。改めて自分の描いた絵を見直してみる。

 形が少し歪んでいて、線にたどたどしさが残っていると思うのだけど。


「見たまんまではなくて、どこか味があって、惹きつけられます。私は宝物庫にあった絵より、あなたの描いた絵が好きです」


 ――名だたる大家の絵より? こんなに褒めてもらえたの、お母様以来――いえ、以上だわ。


 私は胸にくすぐったさを覚えながら、煌さんを見あげて申し出る。


「あの、また描きましょうか? こんな絵で喜んでもらえるのなら」

「はい! あなたの描く絵をもっと見たいです!」


 彼の笑顔を見て、今度は胸が熱くなった。期待してくれる気持ちがうれしいからだろうか。

 彼には本当に良くしてもらっている。お礼になるなら、また描いて見せてもいいと思った。


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