第7話 園芸仲間の正体


「陛下なら参席されると思うわ。王太后様は陛下の即位を後押しされた立役者と言われているから。さすがの陛下も王太后様には頭があがらないという話よ」


 私は感心して「へー」と相づちを打った。桜蘭様は後宮一の情報通でもあるのだ。非常に好奇心旺盛な女性で、後宮内外にいる宮女や宦官から情報を買っているらしい。


「陛下はどんな方なのでしょうか。私、実はまだお会いしたことがなくて」

「それはわたくしもですわ」

「もちろん私もよ。宮女たちの噂によると、獅子のように獰猛で野蛮な方みたいね。体も熊のように大きくて、赤い体毛に覆われているという話よ」


 桜蘭様の情報に、気の小さい春凜様は「ひっ」と小さな悲鳴をもらして震えあがった。


 ――焔王陛下って人間なのよね?


 怯えていた私たちに、桜蘭様がからからと笑って告げる。


「そろそろ席に向かいましょう。王太后様がお見えになるわ」


 私たちは頷き、三人一緒に宮殿へと足を踏み入れた。

 思っていた以上の規模に息を呑む。

 二百を超える客人たちが会場に集い、主役の登場を今か今かと待っていた。

 西側が官吏や武官たち、中央は広間になっていて、東側が王侯貴族や妃嬪の席であるようだ。


 私たち三人は宦官の案内に従い、東側最前列の席につく。

 すると、扉の近くに控えていた宦官がうやうやしく声をあげた。


「王太后様のおなりにございます」


 ざわめきに包まれていた会場が水底のように静まり返る。

 豪奢な衣裳をまとった女性が現れ、北の上座に繋がる赤い絨毯じゅうたんの上を悠然と進んでいった。

 すぐに桜蘭様たちが拱手きょうしゅの礼を取ったので、私も胸の前で両手を重ねてお辞儀する。


 王太后様は私たちの前を通り過ぎ、北側の席につくと、朗らかに口を開いた。


「そう畏まらずともよい。おもてをおあげなさい」


 私はゆっくり顔をあげ、王太后様を改めて観察する。

 少しふくよかな体に旗袍チーパオ風の赤い長衣をまとった貴婦人だった。

 年は四十代前半くらいだろうか。長い黒髪は高く結いあげ、牡丹の造成花や穂子ほしなどで華やかに飾り立てている。


 ――あの方が王太后様。気品にあふれていて貫禄があるわ。


 堂々たる居姿につい見入っていると、宮殿の入り口から再び宦官の声が響いた。


「国王陛下のおなりにございます」


 私はハッとして宮殿の入り口の方へ視線を移す。

 そして、上座へと向かってくる人物を見て、極限まで目を見開いた。


 ――煌さん!?


 金糸で団龍だんりゅうの文様が刺繍された赤い龍袍りゅうほうをまとい、長い髪は礼冠れいかんの中にきっちり収められている。

 いつもと格好も雰囲気も全く異なっていたが、顔は煌さんそのものだった。

 彼を見つめたまま突っ立っていた私に、桜蘭様が小声で注意してくる。


「翠蓮様、最上礼を。国王陛下がお見えよ」

「……国王、陛下……?」

「赤い龍袍は王の証。あのお方が朱煌天しゅこうてん様、焔の国王よ」


 私は衝撃を受けて絶句した。


「翠蓮様っ」


 春凜様にもたしなめられ、慌てて拱手し面を伏せる。


 焔王は私たちの前を通り過ぎ、王太后様の席の隣に用意された北の玉座へと向かっていった。


「楽にせよ」


 玉座についた焔王が、拱手する参列者に淡々と告げる。

 上の空だった私が周りより遅れて着席すると、黒紅くろべにの髪を一つに束ねた青年が北東の席から中央の広間に移動した。

 年齢は二十歳くらい。背が高く細身の体に、臙脂えんじ色の長袍と白いズボンを合わせている。

 口もとに浮かべた微笑と佇まいが優美な印象を与える美青年だ。


「母上、四十回目となる星辰の日を迎えられたこと、心よりお祝い申しあげます」


 青年が王太后様に向かって拱手し、祝辞を述べる。


「ありがとう、煌佑こうゆう。今年もあなたに祝ってもらえてうれしく思います」


 王太后様がにこやかに返したことで、おごそかだった会場になごややかな空気が流れた。


「……煌佑様。王太后様のご子息でしょうか? 素敵な方ですわね」

「あら、春凜様は煌佑様がお好み? 彼は王太后様がお産みになった唯一の王子で、次期国王と目されているお方よ」


 頬を少し赤らめた春凜様に、桜蘭様は揶揄やゆするように微笑し、小声で情報を流す。


「兄上におかれましても、在位一年をつつがなく迎えられますこと、お喜び申しあげます」


 煌佑様が王太后様から焔王に視線を移して拱手した。


「こうして国を治められているのは、義母上ははうえのお力添えのたまもの

「何をおおせです。全て陛下の武功と知性の成せるわざです」


 王太后様は謙遜する焔王に笑いかけ、西側の席の官吏たちに「そうですね?」と問いかける。


「その通りです!」

「武力をもって他国を制すだけでなく、たぐまれなる政治的手腕で混迷にあった国政を安定化させた。その功績は臣下であれば誰もが認めるところでありましょう」


 官吏たちは王太后様に賛同し、焔王をはやし立てた。


「それもまた義母上のご威光とお力添えがなければ為し得なかったことだ」


 焔王は無表情で謙遜けんそんし、あくまで今宵の主役である王太后様を立てる。

 そんな彼を桜蘭様と春凜様は意外そうに見つめ、陶然とした様子でつぶやいた。


「陛下はうわさと違って知的で謙虚なお方のようね。ご容姿も貴公子然とされているわ」

「ええ。兄弟揃って美形だわ」


 二人は頷き合うと立ちあがり、上座に向かって拱手しながら口を開く。


「国王陛下と王太后様にご挨拶申しあげます」

「この善き日を迎えられましたこと、妃一同、心よりお祝い申しあげます」


 桜蘭様に小声で名前を呼ばれた私はハッとして立ちあがり、彼女たちにならって拱手した。

 王太后様は「ありがとう」と微笑み、焔王は私たちに素っ気なく告げる。


「楽にするがいい」


 桜蘭様たちが「はい」と答えて着席し、私も慌てて腰を下ろした。

 動揺と混乱が収まらず、二人のようにすぐ対応できない。

 いまだに信じられなかった。玉座にいる男性が本当に焔王なのか。焔王は煌さんなのか。

 焔王に双子の兄弟がいるなんて話は聞いたことがない。あんな鮮やかな目と髪色をした同じ顔の人間が他にいるとも思えなかった。


 ――あの男性が煌さんなのだとしたら、私がこれまで会っていた男性は?


 本当にわけがわからない。私が『太監の方ですよね?』と確認した時、彼は否定しなかった。

 焔王について尋ねた時もはぐらかされて……。


 ――私は騙されていたの?


 中央の広場では宮妓による舞いや楽器の演奏が披露されていたが、耳には入らなかった。


 目も開いているのに、何も瞳に映らない。

 煌さんと焔王のことが気になって、宴に全く集中できなかった。

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