第4話 妃たちとの茶会


 初日は色々あったし、慣れない場所で寝られないかと思ったが、ぐっすり眠ることができた。


「――おい、翠蓮。翠蓮! いつまで寝ておるつもりじゃ~!」


 私は小龍の大声で目を覚ます。


「……小龍? えっ、朝……?」


 窓の外を見ると、太陽が東の殿舎から顔を出していた。


夕餉ゆうげを食べてから爆睡しておったぞ! 半日も眠りこけおって」

「え? 私ったら、そんなに寝ていたの!?」


 用意された夕食があまりにも美味しくて、たくさん食べた後すぐ眠くなり、横になったのは覚えている。

 衾褥ふとんも帝国時代とは違ってふかふかで、きっと寝心地がよすぎたせいだ。


「いくら自由だからといって、あまり油断するでないぞ。主は人質としてここに来たのじゃからな。まだ何があるかわからぬのじゃぞ!」

「……うっ、そうね。気をつけるわ」


 小龍はかわいらしい見た目に反して、なかなか手厳しい。でも、言っていることはかなり的確だ。

 確かに、思っていた場所とは全く違ったことで油断しすぎていた自覚がある。


 知り合ったばかりの宦官と園芸作業をするなんて言ったら反対されるだろうか。

 まだここがどんな場所なのかよくわからないし、少し考えた方がいいかもしれない。


「おはようございます、姚妃様。お目覚めになりましたか? 入ってもよろしいでしょうか?」


 起きあがって考え込んでいると、部屋の外から暎暎の声が響いた。


「暎暎さん? はい、どうぞ」


 返事をした直後、暎暎が扉を開け、朗らかな笑みを浮かべて告げる。


「暎暎と呼び捨てにしてくださいって。敬語も使わなくていいですからね。今から朝食を用意しますので、少々お待ちください」


 すぐに退室しようとする暎暎だったが、「あっ、そうだ」と言って振り返った。


妃様より言づてをたまわってます。今日の午後、茶会にお誘いしたいとのことで」

「……魏妃様?」

「姚妃様より早く入宮された四妃の一人、魏桜蘭ぎおうらん様です。他の妃も参加されるそうですよ」


 暎暎の説明を聞いて、私は顔をこわばらせる。

 さっそく始まるのか。王妃の座を巡る女たちの争い――開戦を告げる宴が。

 嶺の後宮も皇帝の寵愛を巡ってそれはドロドロしていた。

 できれば関わりたくないところだけど――。


「喜んで参加させていただきます、そう伝えてください」


 硬い笑顔で承諾する。他の妃の誘いを断るなんてできるわけがない。嫌われたら最後。どんなひどい目にあうことか。

 暎暎は「かしこまりました~!」と返し、溌剌はつらつとした笑顔で去っていく。

 私は大きな溜息ためいきをつき、うずく腹部に手をあてた。


「何だか胃がキリキリしてきたわ」

「大丈夫か、翠蓮? 我もついていこうか?」


 衾褥ふとんに隠れていた小龍が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫よ。あなたを紹介するわけにもいかないし、私のふところで窮屈な思いをするだけだから」


 私は苦笑いを浮かべて遠慮した。小龍に対する配慮もあるが、彼が妃たちの嫌がらせに怒って暴れ出したりでもしたら大変だ。

 心細いけれど、一人で行くしかない。




 他国の王に嫁いだからには当然女同士のいさかいもある。

 そう思っていたのだけど――。


「焔の後宮へようこそ、翠蓮様。私は魏桜蘭。焔の西にあるしゅう国の公主よ」


 暎暎に案内されて西の殿舎に辿りつくと、花柄の長袍ちょうほうスカートを合わせた女性が出迎えてくれた。

 緩やかに波打つ栗色の髪を薔薇の造成花で飾った華やかな佳人だ。


「わたくしは董春凜とうしゅんりん。四妃の一人で、焔の東・ねい国の公主です。よろしくお願いいたします」


 唐草文様の長袍と裙をまとった女性が礼儀正しく挨拶する。

 こちらは長くまっすぐな黒髪と落ちついたたたずまいを持つ長身の麗人だった。


「もう一人の妃も誘ったのだけど彼女、引きこもりで相当な変わり者みたいだから。私たちだけで気にせず仲良くやりましょう」


 桜蘭様に笑顔で告げられ、私は戸惑いをあらわにする。さっそく牽制されるとばかり思っていたのに。予想していた反応とは全然違う。


「お二人は私に対して思うところはないのですか?」


 思わず尋ねてしまった私に、桜蘭様は首を傾げてき返す。


「思うところ?」

「その、妃が増えてわずらわしいとか。陛下の寵愛を巡る嫉妬とか」

「……嫉妬? あははっ、ないない。だって、陛下は誰にも手を出さないのだから。それどころか、私たちの前に姿を現したことさえないわ。私なんて後宮入りしてもう半年以上たつのに」


 笑って答えた桜欄様を、私は「え!?」と驚きの声をもらして見つめた。

 こんなにかわいらしくて美しい妃たちを半年以上も放置するなんて、焔王はどれだけ忙しいのだろう。

 いや、忙しいだけでは妃に一度も顔を見せない理由として納得ができない。


「何か理由があるのでしょうか?」


 春凜様の意見も聞いてみたくて、彼女に目を向けて尋ねる。


「人質としか思っていらっしゃらないのではないでしょうか? わたくしも桜蘭様も和平のために差し出されたようなものですし。女性として興味はないのかと」

「でも、跡継ぎをもうける必要があるのでは? すでにお世継ぎがいるのでしょうか?」

「そのような話は聞いたことがありませんわね。即位されて一年もたっていないようですし」

「私、聞いたことがあるわ。焔王は弟を世継ぎに据えたいと考えているのだとか。だから子は不要なのではないかしら?」


 桜蘭様が口を挟み、ホッとしたような笑みを浮かべた。


「でも、よかったわ。焔王は妃に手を出すつもりがないみたいで。戦にしか興味がないのよ」

「そうですわね。わたくし、あの方の噂を聞いて、どんなひどい目にあうのだろうと初めはビクビクしていたのですけど、いい意味で拍子抜けしましたわ。思ったより自由な生活ができて」

「ええ。後宮を出ること以外はかなり自由だわ。でも私、何より洲へ帰りたいのよね。実は、祖国に将来を約束していた恋人がいるの」


 春凜様が「まあ」と言って口もとを押さえ、少し気の毒そうに問う。


「では、恋人との仲を引き裂かれてこちらへ?」

「ええ、父が先の焔王の脅迫に屈して、無理やり嫁入りさせられてしまったのよ。でも、脅迫していたのは先の焔王でしょう? 準備をしている間に御代みよが替わったから、今の焔王に無効にしてもらえないか交渉したいと思っているのよね」

「ひっ、何て恐ろしい考えを……! 焔王に殺されましてよっ。御代が替わっても、恐ろしい王であることに違いはないのですから」


 青ざめる春凜様に、桜蘭様は肩をすくめて返した。


「まあ、焔王と会うことさえできないから、どうにもならないんだけどね。機会が訪れるまでは好き勝手させてもらうことに決めたわ。翠蓮様も好きなことを見つけて過ごすといいわよ」

「それは同感ですわね。ただ部屋に閉じこもっているだけなんて、息が詰まってしまいますから。わたくしはもっぱら、趣味の読書や刺繍をして過ごしています」

「私は芝居鑑賞が一番の息抜きね。許可を受けた劇団なら呼んでもいいことになっているの。去勢された男性か女性だけの劇団だけど」


 目を丸くして突っ立っていた私に、二人が優しく微笑みかけてくれる。


「あなたをいじめるつもりなんてないから気楽にして。人質同士、仲良くやっていきましょう」


 私は瞠目どうもくしたまま桜蘭様に手を引かれ、茶会の席についた。

 まさかこんなふうに歓迎されるなんて……。

 桜蘭様はさばさばしていて大胆、春凜様はおどおどしていて慎重。正反対の性格だけど、どちらも親切な女性のようだ。


 先輩妃である二人がこう言うのなら、あまり警戒しなくてもいいかもしれない。

 せっかく意地悪な姉たちから解放されたのだから、好きなことをして生きよう。


 私は初めて同年代の女性たちと楽しい時間を過ごし、自由に生きるための行動に移った。

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