拒食症の母親、7歳の娘に体重を抜かれる。


2011年、英国のこんなニュースが日本でも報じられ、話題になった。

その記事は、こう始まる。


「子供の頃から拒食症を抱えるレベッカ・ジョーンズさん(26)は、身長155センチ、体重32キロ。

一方、娘のメイジーちゃん(7)は身長135センチ、体重41キロで、母親よりも身長が20センチも低いにもかかわらず、体重は母親を超えており、9~11歳用のトップスとジーンズを、母娘で共用しているという。

同じ服を着た二人が並ぶと、ふっくらしたメイジーちゃんとは対照的に、レベッカさんが恐ろしいほどにやせ細っているのが分かる」


そのあと、母親の病歴が紹介される。

レベッカは、11歳で両親が離婚したのをきっかけに、悲しみを過食でまぎらわせるようになり、体重が95キロまで増加。

学校ではからかわれ、自信も失ってしまったという。

13歳で、今度は食べることを止めたところ、2年後には体重は51キロまで減り、生理も止まった。

マンチェスター大学在学中の19歳の時に娘の父親となる男性に出会ったが、拒食症の体で妊娠は不可能と思い込んでいたため、お腹の赤ちゃんが中から蹴っているのを感じるまで、妊娠には気づかったらしい。

すでに妊娠26週。

お腹の子供を育てるため、医者の勧め通りトリ肉やビタミン剤を摂取しようと努めたが、胃袋がこれを拒否してしまう。

結局、パンとビートルート(赤いカブの一種)の食事で妊娠期間中を乗り切ったが、出産までに体重は3キロしか増えなかったという。

幸運にも、娘は無事に生まれたが、誕生時の体重は2,500グラム弱と小さく、レベッカの母乳も出なかった。

医療秘書として勤務するレベッカは、娘にはチョコレートやカップケーキを食べさせるものの、自身はスープとトースト、そして栄養ドリンクに頼る生活。

しかし、今年始めの血液検査で、カリウムの値が危険なほどまでに低い「低カリウム血症」であることが判明し、このままでは、筋力が極端に弱くなる恐れがあるため、現在、カリウム値と心拍数の検査を定期的に受けている。

医者からは、栄養状態を改善して体重を増やさない限り、心臓発作で亡くなる危険性があると警告されているという。



記事には、この女性の気持ちがわかるような言葉がないものの、摂食障害で、娘あるいは妹よりも低体重になる人は珍しくない。

その心理には危機感や屈辱、快感や矜持といったさまざまな意識が、ないまぜになっているのだろう。

娘や妹との比較、という形ではなくても、子供服が着られる、ということに、そういう複雑な意識を抱く人、少なくないようだし。

記事に添えられた写真では、同じ服を着たふたりが手をつないで立っている。

ピンク地の花柄の可憐なワンピースだ。

同じ服といっても、身長が大きく違うので、母は膝上20センチくらいのミニ丈、娘は膝が完全に隠れるロング丈になっているのだけど。

そのコントラストもあいまって、ふたりは表情もどこかぎこちなく見える。



このときはかなりの数のコメントが寄せられた。

そのいくつかを抜粋してみると――。


「子どもを産むということを経験した時点で最大の葛藤を乗り越えているのかな、とも思います。逆に7歳の子より軽いという安心感すらありそうです」


「娘さんが太りすぎなのは、妊娠中にお母さんが拒食であったこととか、拒食症の人の他人にやたら食べさせるってことがあったからなのかな」


「自分のようにはなってほしくない…と思えるのに自分は怖くて太れない。不思議な葛藤ですよね。私も低カリウムでよく引っかかります。心臓発作…危険ですよね。

気をつけないといけないとわかってはいるんですが…何故か自分は死なない(死ねない)ような気がして(笑)」


「子供服&子供より低体重。若干、憧れる。子供は太り過ぎだと思うけど、ニュースで取り上げられるほど、お母さん痩せてるとは思わなかった。 むしろ、理想の体型とまで思ってしまいました。感覚がマヒしてるのかな?」


「娘さんが心配ですね… いつか自分の体型を気にし始めた時、お母さんみたいになりたい、って思ってしまったら…また、こういう記事を自分で読んだ時、娘はぽっちゃりだ、っていう意見を見たら、私だったら死にたくなります…」


「私は妹より体重がかなり軽かったのですが、凄く快感でした。世間は、骸骨みたいで気持悪い、と言うけれども、私は嬉しかったです」


「低体重での妊娠、そして体型維持が羨ましく思えたりしてしまいます。私も妊娠や出産を望んでいますが、標準体型になることは死よりも恐怖です」



そういえば『痩せ姫 生きづらさの果てに』を上梓した際、低体重でも妊娠や出産をした人はいるという話を実例付きで書いたところ、それが希望になったという感想をもらった。

そもそも、人間の歴史は飢餓との戦いでもあり、日本では栄養状態の悪かった終戦直後にベビーブームが起きたりもしている。

出産で命を落とすことが昔ほど恐怖ではなくなったかわり、今は太ることが恐怖になってきているから、痩せ姫のまま、母になりたいと思う人がいてもおかしくはないのだろう。

他の人に食べさせたがるという一種の特性も、家族の食事管理に活かせているという人もいる。

人間は欲張りなもので、しかもその形は人それぞれ。

妊娠や出産を望みつつ、低体重にもこだわるという生き方だって、構わないのではないか。

誰もが自分の願望を実現させようと懸命に生きていて、それが「個性」になるわけだから。

もちろん、この英国女性のように、データ的にも危険な状態だと証明されている場合、油断はますます禁物だが、そんななか、家事も育児も仕事もしていることは賞賛に値する。

なかでも、母となり、母をやることは今の世の中、もっと賞賛されてほしいと思う。

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