第十一話「死に場所を探す者、命を繋ぐ者」

 組織に入ってからの生活は、想像以上に"静か"だった。


 まるで"嵐の前の静けさ"のように、不自然なほどの沈黙が漂っている。

 監視の目は感じる。だが、それ以上の干渉はない。


 いや、正確には――"ないように見せている"のだろう。


 刹那、アリス、迅、グレン――。


 こいつらの表情を観察しても、何を考えているのか、いまだに分からない。

 それぞれの目的があり、俺への"興味"も違う。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 俺には、俺の目的がある。


 "死に場所"を探す。


 それが、俺の唯一の生きる理由だ・・・・・・


 しかし――


 ---


「これがお前の部屋だ。不満があるなら言え」


 俺を案内したグレンの低い声が耳に残る。


 振り返ると、腕を組みながら俺を睨むような視線。

 その目には、あからさまな"疑念"が混ざっていた。


「別にねぇよ」


 短く答えると、グレンは鼻で笑った。


「そうか。なら、せいぜい死に場所を探してくれや」


 その言葉が、胸に引っかかった。


 "死に場所を探す"。


 こいつらは、俺のことを"そういう存在"として見ている。


 彼らは"生きるため"に俺を利用し、俺は"死ぬため"に彼らを利用する。

 互いの目的は違えど、交差する部分がある。


 矛盾に満ちた関係。


 それでも、俺には"それしかない"。


 ---


 部屋に案内されたその日の夜、俺は一人静かに目を閉じた。


 だが――眠れない。


 目を閉じるたびに、あの日の光景がフラッシュバックする。


 血の匂い。

 悲鳴。

 病院での惨劇。


 あの"ハリネズミ男"――暴走した"特異能力者"。

 あいつの身体から飛び散った無数の針が、周囲の人間を貫いた。


 鮮血が噴き出し、地面に崩れ落ちる人々。


 そして――


「……俺のせいだ」


 呟いた声が、暗い部屋の中に響いた。


 俺があの男を怒らせたから。

 俺が何もしなかったから。

 俺だけが、生き残ったから――。


 考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。


 この"赤い目"のせいだ。

 俺を死なせない"呪い"のせいだ。


「……くそっ」


 堪えきれず、ベッドの上で拳を握りしめる。


 俺は、生きている限り、誰かを巻き込む。

 俺が望もうが望むまいが、"死ねない"という事実がそれを証明している。


 だから――


 死にたい。


 だが、"ただの死"では意味がない。

 俺には"死ねる理由"が必要だ。


 でなければ、俺はただ"死ねないだけの怪物"だ。


 ---


 翌朝――。


 扉をノックする音で目が覚めた。


「起きてるか?お前に見せたいものがある」


 刹那の声だった。


 俺は短く返事をし、重い身体を引きずるように部屋を出る。


 どこへ連れて行かれるのか、聞かずとも分かる気がした。


 案内されたのは、地下施設の奥にある広いホールだった。


 そこで俺が目にしたのは――


「……これ、なんだ?」


 目の前には、何体もの"異形"が吊るされていた。


 皮膚が爛れ、骨が露出し、もはや"人間"の形を保っていない。


「これが、"異形の成れの果て"だ」


 刹那が、冷静な声で答える。


「特異能力が暴走し、"人間ではなくなった"者たちの姿だよ」


 俺は息を呑む。


「……これを俺に見せて、どうしろってんだ?」


「分からないか?」


 刹那が俺を見つめる。


「お前も、いずれこうなる可能性がある・・・・・・・・・・・・・ってことだ」


 ――その言葉が、俺の胸に突き刺さる。


「……俺は"死ねない"んだぞ。どうやったらこうなるんだよ」


「確かにな」


 刹那は軽く笑う。


「だからこそ、お前は"異質"なんだ」


「お前の存在が、俺たちにとって何を意味するのか――それを知る必要がある」


 ---


 その夜、俺は再び一人で部屋にこもった。


 頭の中で刹那の言葉が反響する。


 "お前の存在が、俺たちにとって何を意味するのか"――。


 俺が"死ねない"理由。

 俺がこの"赤い目"を持つ理由。


 それを知ることが、俺の"死に場所"を見つける鍵になるのかもしれない。


 そう思った。


 そして同時に――


「もし俺が、こいつらを裏切ったらどうなるんだろうな」


 呟いた声が、暗い部屋の中に静かに消えていった。

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