第八話「俺の名は――」

 ――視界が赤く染まる。


 まただ。


 まるで世界全体が血に染まるかのように、俺の視界が赤黒く歪む。

 ただの充血じゃない。この目は――"死を拒絶する"。


 今、この瞬間、何かが起こる。

 そんな確信が、俺の意識に刻み込まれる。


 だが。


「――安心して。殺すつもりはないわ」


 穏やかな声。


 目の前の女は、俺の手をそっと離す。

 まるで、最初から俺がこう反応することを知っていたかのように。


 この余裕はなんだ?

 俺の"目"が特別であることを知っているのか?


「……何が目的だ?」


「あなたを"連れて行く"のが、私の仕事だから」


 連れて行く?

 どこへ?

 なぜ俺を?


 疑問ばかりが頭を埋め尽くす。


 ――答えは、待たずとも知ることになった。


 ---


 俺は黒塗りの車の中にいた。


 どこを走っているのかもわからない。

 窓は黒く染まり、外の景色すら映らない。


 車内は静かだった。

 女は運転席に座り、後部座席には俺。

 そして、助手席にはもう一人――黒服の男がいる。


 空気が重い。


「……これは拉致か?」


「そんなことないわ。ただ、あなたには"知る権利"があるだけ」


 知る権利?

 何を知れというんだ?


「知る……権利?」


 女はルームミラー越しに俺を見た。

 その瞳には、まるで俺の全てを見透かしているような光が宿っていた。


「"死ねない"のは、あなただけじゃない」


 ――心臓が跳ねる。


 まるで喉の奥を鷲掴みにされたような感覚。

 俺だけじゃない?

 そんなバカな話が――


 いや、ありえないとは言い切れない。

 俺自身、"この目"の正体すら理解していないのだから。


 車は減速し、やがて完全に停止した。


「着いたわ」


 俺はゆっくりと車を降りる。


 そして――目の前に広がっていた光景に、息を呑んだ。


 ---


 そこは、まるで軍の秘密基地のような場所だった。


 無機質なコンクリートの壁が続く広大な施設。

 無数の警備員が配置され、監視カメラがいたるところに設置されている。


 完全な管理下。

 ここにいるのは――"外に出してはいけない存在"ということか。


 "ここに何がいる"?


「ついてきて」


 女は何も説明せず、俺を先導する。


 足音が響く中、俺は沈黙を保ったまま後を追う。


 そして、地下へ続くエレベーターに乗せられる。


 ゆっくりと、降下が始まった。


 数字が一つずつ減っていく。


 B1F

 B2F

 B3F

 B4F


「……深いな」


「当然よ。ここにいるのは"世界にとって危険な存在"なんだから」


 危険な存在。

 それはつまり――


 俺と同じような"死ねない"人間?


 エレベーターが止まる。


 扉が開くと、そこには――


 "異常な空間"が広がっていた。


 ---


 鉄格子の奥に、異形の人間たちがいた。


 燃え盛る腕を持つ者。

 鋭い爪を持つ者。

 全身が鉄のように硬質化した者。


 どれも人間の範疇を超えた存在。


 "超常"。


 それが、当たり前のようにそこにいた。


「……ようこそ。"特異能力者"の収容施設へ」


 女の声が耳に届く。


 俺は、言葉を失っていた。


「こいつら……全員、"俺みたいな連中"なのか?」


「ええ、でもあなたは"別格"よ」


 ――別格。


 その言葉が、やけに引っかかった。


「ここで、"仲間"と会わせるわ」


 ---


 部屋の扉が開く。


 そこには数名の人間がいた。


 俺を迎えるように、無言で立っている。

 それぞれの目が、俺を品定めするように光っていた。


 "ここにいる連中が、俺と似た力を持つ"?


 いや――違う。


 "俺の足元にも及ばない"


 本能的に、そう理解した。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 この場に入る時、決めていたことがある。


「……お前らの前に立つのは、初めてだ」


 俺はゆっくりと口を開く。


「名乗るのは、これが初めてだな」


 部屋に沈黙が落ちる。


 数秒の間、誰も口を開かない。

 まるで、俺が名乗るのを待っているかのように。


「……俺の名前は――」


 口を開こうとした、その瞬間。


「待て」


 低く、重い声が響いた。


 視線を向けると、そこにいたのは一人の男だった。


 鋭い目つき、筋骨隆々の体格。

 まるで戦闘のために生まれたような佇まい。


「お前が"特別"っていう、新入りか?」


「……誰だ、お前は」


 男はニヤリと笑う。


「俺はグレン。"特異能力者"の中でも、力を持つ者だけが入れる"第一班"のリーダーだ」


 リーダー?

 つまり、ここではこいつが一番強い――そういうことか?


「お前のことは聞いてる。"死ねない能力"を持ってるらしいな」


「……さあな」


「試してやろうか?」


 ――殺気が走った。


 次の瞬間、グレンの拳が俺の顔面を狙って振り下ろされる。


 "来る"


 俺の目が、"赤く染まる"


「――ッ」


 拳が俺に当たる瞬間、その力は"跳ね返る"。


 グレンの拳が、グレン自身の顔面を砕いた。


「ぐ……ッ!」


 骨が折れる音。

 歪む顔面。

 床に転がるグレン。


 静寂が訪れる。


 周囲にいた他のメンバーたちが、息を呑んでいた。


「――ったく」


 俺はゆっくりと視線を上げる。


「最初に言っておく」


 口の端が、自然と吊り上がる。


「俺は"死ねない"――それだけじゃない」


「"殺すつもりで殴ったら、死ぬのはお前だ"」


 沈黙。


「……おもしれぇ」


 グレンが、歪んだ顔のまま笑った。


「お前、"本物"だな」


「……言っただろ?」


 俺はゆっくりと口を開く。


「俺の名前は、不死原ふじわら 黎斗れいとだ」

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