第14話 晴れた朝

 朝の陽射しの下をてくてくと戻ってきた黄葉もみじらが見えたとき、山市はまず安堵で腰が砕けそうになった。それから、次に湧いたのは怒りで、そしてまた彼女らの笑みを見てほっとした。


「ごめん、山さん。また勝手に行っちゃった」

「ご心配をおかけした」


 なんと言おうか迷って、結局、山市は二人の頭をがしがしと撫でてやることしかできなかった。顔色からして、嚙鐵してつを封じることはできたのだろう。神の力が宿った身とはいえ、この娘たちの行動力にはもう驚きよりも呆れが勝る。


 とくに白寿はくじゅだ。つい数日前まで、本当に何も知らない――正確には、知っていることとそうでないことに偏りがありすぎた――箱入り娘だったが、いまや妙な風体で平気な顔をして戦いに出ているようにすら見える。そこで気づく。


「なんだ、その恰好は」


 上衣の二枚重ねに、あちこち擦り切れた、というよりはさみか何かで切ったかのような跡のあるはかま。指摘すると、白寿はその白い顔を真っ赤にして黄葉の背後に隠れる。黄葉が大仰にため息を吐く。


「何で言っちゃうかな」

「なに? そりゃ変だろうがよ。おまえも襦袢じゅばん一枚で」


 黄葉が薄着なのはいつものことだが、白寿はどうしたことか。山市はきだしてあった荷車から替えの着物を探す。商いの中で譲り受けた衣はいくつかある。適当なものを渡すと、白寿はそれを抱えてどこかに駆けていった。


「無神経だ」

「おまえに言われたかねえよ」


 黄葉は、いつもの黄葉だった。にこにこと白寿が駆け去るのを目で追っている。


「よかったじゃねえか」


 言うと、黄葉はまあね、と笑う。何があったのかは聞く必要がなさそうだった。


「白寿が飛び込んできたが、なんだありゃあ」


 銀二があばら家から頭を掻いて出てくる。彼は黄葉が戻っているのを見て目を丸くする。


「おい、牛臥山うしぶせやまの上が光ったり、昼なのに暗くなったり、ありゃあ何だったんだい。山市は、お前さんらが牛臥に向かったと言うし、気にかけてる割には動こうともしねえし。結局、病人の世話をしてくれたんで助かったがよ」

「そんなことしてたの、山さん」

わっぱがいてな。熱を冷ます薬が残ってたから、それを配ったり」

「全部?」

「あるだけ」

「全部ってことじゃん。あれ、どこかで高く売ろうとしてたやつじゃなかったの」


 そう言われて思い出す。たしか、半年ほど前に巳國みのくにで買ったもの。他で高く売れる頃合いを見ようと言って片付けていたのを忘れていた。


「まあ、いい」

「ただでさえ文無しなのに。まあいいや、役に立ったなら」


 銭はあればあるほどいいが、無くとも生きていける。自分が商人あきんどとしては致命的な感覚を持っていることは分かっていた。しかし目の前で熱にうなされる子を放っておくくらいなら、薬の価値はない。その考えが間違っているとも思わなかった。


「でも、文無しで甲國こうのくにまで行けるかな」

「甲國?」

「最後のお役目がそこにあるって、獅龍さまが」


 甲國こうのくに。大湖ある水の國。もちろん出入りしたことは何度かあるが、おもむくとなれば久しぶりだった。四つめの厄災がすでに起こっているのか、それとも未然に防ぐことができるのか。分からないが、獅龍様がそのように仰ったのなら急ぐべきなのかもしれない。


 気付けば銀二がこちらを見つめていた。


「後生の頼みがある、山市」


 甲國に行くんだろう。真剣なまなざしにわずかに気圧けおされ、山市は頷くほかなかった。


妻子つまこが無事でいるかどうか、尋ねてみてほしい」

「逃げてったっていう、あの?」

「未練があるわけじゃねえ。だけど、元気でいるかどうか知りてえのよ。頼む」

「いいぜ」


 了承すると、銀二の方がぽかんとした顔になる。


「見ず知らずの女と童だぜ。探すのだって大変だ」

「頼んでおいてなんだよ。それくらいやってやる」

「人相書、もう一度いてよ、旦那」


 横で聞いていた黄葉が楽しそうに言って、銀二は何度も礼を言いながらあばら家へ駆け戻っていく。入れ替わるように出てきた白寿がぎょっとして飛び退く。


「どうされたのだ、銀二殿は」


 先刻とまるで逆のやりとりに、黄葉と思わず笑う。白寿はきょとんとしていた。


 そんな彼女に、先ほどまでの話を伝える。ただ、話しながら山市は、あと数日はここで休んだ方がいいのではないかと思いはじめていた。


 自分などほとんど何もしていないのと同じだが、黄葉と白寿は戦い通しである。休んだといえば、白尾はくび旅篭はたごで二日と、さかのぼっても山市の実家で三日くらいのものだ。


 気丈に振舞っているが白寿の心労は相当なものだろうし、黄葉も元気が取り柄とはいえ、ここ数日の出来事は元気で何とかなるほどのものではない。甲國に入ればまた神との戦いが待っている。嚙鐵してつを封じて疫病えやみの脅威が去ったのなら、一日でも二人を休ませてやりたかった。


「出立は明後日にしようと思う」


 言うと、ふたりの少女が揃って不思議そうな顔をした。


「おまえたちも休んだ方がいいだろ」

「それはそうだが」

「甲國で災いが起こっちゃうかもよ」

「もう起きてるかもしれんだろ。それは誰にも分からねえ。だけど、そろそろ休まねえと戦うどころじゃなくなる。それは、俺でも分かるんだよ」


 だから、少なくとも二日はここで過ごす。言い切った山市を見て、黄葉と白寿は互いに顔を見合わせ、声を揃えた。


「じゃあ、お風呂に入りたい!」


 おい、という間もなく彼女らは駆けていく。あばら家に飛び込み、銀二に何やら頼み込んでいるのだろう。彼の困ったような声も聞こえてくる。


 なんと切り替えの早いことか。そう思ったが、年頃の娘なら当たり前だとも思った。神やら厄災やらと戦い続けているほうがおかしいのだ。自分こそ、この数日の異常に慣れてしまっているのかもしれなかった。大きく息をひとつ吐く。


 たしか銀二の宅には、彼の妻子も使っていたのであろう湯舟があったはずだ。


 歩きながら、山市もそんなことを考えはじめた。

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