第8話 残された男

 馬車で行けば、村の灯りはすぐに見えてきた。聞いていた通り、その数は少ない。それは健康な者が少ないからで、銀二の話よりも、実際に目で見るとそのことはよく感じられた。


 牛臥山うしぶせやまもますます近くに感じられて、黄葉もみじには巨大な黒い壁の下に蛍の光があるように見えた。


 馬車が村の入り口にほど近いところで停まる。一緒に荷台に乗っていた銀二が跳び下りた。


「考え直すべきだと、俺は思うがなあ」

「馬を停めるところさえあれば、文句は言わん」

「そういうことじゃねえよ」


 大人たちがやり取りする間、黄葉は白寿はくじゅとともに荷台を降り、村の様子を眺めた。ひっそりとしている。日没が近いからというのではない。村全体に病――つまり、死が蔓延はびこっている。そう聞かされて見ているからか、どんよりとした気がにじみ出ている気がした。


「なにか分かる、黄金くがねさま?」


 黄葉が呟くと、頭の中で声がする。


(死の気配はいやになるほど感じるが、他はよく分からぬ)


白銀しろがねさまは何か言ってる?」

「いや……」


 白寿は首を傾げる。


「白銀さまは、ここは嚙鐡してつさまという神のおわす地だと仰っているが。あまりにも邪気であふれていて、どこに社や祠があるかまでは」


 つまり、黄金くがねと同じということか。巣央すおうの菫おばあのときのように、何か知っている者がいればいいのだが。ここは黄葉にとっても初めての地だし、知り合いなどいない。


 いや。初めてではないかもしれないんだ。黄葉には突然、目の前の風景が色を変えて見えた。自分は、ここで山市に拾われたのだ。物心つく前のことだから記憶などないに等しいが、もしかすると、ここは自分にとっての故郷なのかもしれないのだ。


「黄葉」


 白寿が自分を呼ぶ声で我に返る。彼女は黄葉を見つめていた。何か言いたいことでもあるのか、黄葉の名を呼んだきり、しばらく見つめたままだ。


「なに?」

「――いや。なんでもない」


 何でもないわけがないのだが、大人たちの呼ぶ声に応えて白寿は駆け戻る。黄葉もあとについて戻る。まだ銀二は何かぶつぶつと言っていた。


「病に罹っても文句は言わねえでくれよ。それに何もない家だぜ」

「屋根を貸してもらえるだけで有難いよ」


 黄葉と白寿が乗りこむと、馬車が再び動き出す。


 村の様子は、これも薄暗がりのためかよく分からない。人が少なく、夕餉ゆうげの時間であろうに炊煙もまったくと言っていいほど上がっていないのが不気味ではある。幾人か目に見える者は、黄葉たちがさっきまでそうしていたように顔面を布で覆っているので、また異様だった。それに、馬車で乗り入れているというのに、ほとんどの者がこちらに目を向けない。


「皆、明日生きているかの希望も無えのさ。な、来ないほうがよかったろうが」


 馬車の横を歩く銀二が言った。たしかに、こちらまで引きずり込まれそうな闇が渦巻いている気がした。


「出ていけ」


 その薄闇の中から、声がひとつ飛んできた。次に飛んできたものが銀二に当たって、黄葉は声を上げた。石だった。山市が怒気をはらんだ声を返す。


「歓迎されるたあ思っちゃいねえが、石はよせよ。同郷の者に当たってるぞ」

「いや、お前さんらじゃねえ」


 銀二が俯いていた。


「俺さ。あいつらが怒ってるのは、俺にさ」


 暗い中でも、その顔が自嘲的に歪んでいるのが見て取れた。石は飛んでこないが、声はまだ飛んでくる。すべて罵声だった。何が起こっているのか、黄葉には理解できない。


「お前さんらは気にせんでいい。ほら、あっちがうちだ」


 到着した家も、またすさまじかった。あばら家と言っていい。壁が破損しているところが見て取れる。別に金持ちではないことは分かっていたが、それにしても粗末な家屋だった。


「連中、石を投げ込みやがるのよ」


 家に入り、ろうそくに火をつけた銀二の顔は、出ったときよりも老け込んでいるようにすら見える。家の中には最低限の調度品と、山でつかっているのであろう器具だけがある。


「待て。普通じゃない。詮索する気はないが、聞けることは聞きたい」


 山市が言って、白寿も頷いていた。黄葉たち三人は床に腰を下ろす。白寿はこんな家に入るのもはじめてに違いないが、それよりも銀二の身に起こっていることの方が気になるようだった。


 同じく腰を下ろした銀二は三人から視線を集め、大きくため息をついた。


「隠すつもりじゃなかった。だが、来ないほうがいいとは言ったぜ、俺は」

「それはもういいんだ」


 二人の大人が、刹那、視線を交わす。黄葉はただ疲れたような銀二の、ずんぐりと丸くなった背が気になった。


「村のもんは、疫病えやみが俺たち山師のせいで起こったと、そう思ってる。俺が今、何と呼ばれているか教えようか。疫病神だよ」


 銀二の話はこうだった。


 賜鉄は、その名の通り古くから山の採掘で賑わってきた村だ。鉄あるいは銅などが含まれる鉱石が豊富に採れるので、それらを売ることで栄えてきた。山師は常に五十名以上いて、代々、皆が家族を養いながらそれなりに豊かな暮らしをしてきたらしい。


 その採掘場のある牛臥山うしぶせやまには石の神がいて、村の名と同じく噛鐵してつ様と呼び、民は与えられる恵みに感謝してきた。ただ、山を掘ることは神の懐を荒らすことでもあるので、堀りすぎ、採りすぎは固く禁じられて来たのだった。


 しかしここ十数年のうちに、それがおかしくなってきた。風雲國かざめのくにが石を高く買ってくれるようになり、今まで手を付けなかったような鉱脈にも密かに手を伸ばす輩が現れたのだ。内密に掘り、売りさばく。いけないことだとわかりつつも、多くの山師が石を掘った。銀二もその頃、二人めの娘が生まれ、良い暮らしをさせてやれるならと掘った。


 やがて疫病えやみが村を襲った。はじめに病に罹ったのは数名の山師だった。肌の色が悪くなり、食うものも食えなくなり、熱にうなされて死んだ。それがどんどん広がって、山師らの家族や、関係のない者らも罹った。


 誰かが、これは嚙鐵してつ様の祟りだと言った。山を掘りすぎた報いだと。掘ったのは山師だ。だから初めに死んだ。山を掘っていない者はそれに巻き込まれただけだ。山師が悪い。山師の一族が悪い。


 ほとんどの山師は病で死んだが、生きているうちに村を捨てて家族と逃げ出す者もいた。石を投げられ、罵られ、唾を吐きかけられる。こうなっては、もう村にはいられない。


「あんたはなぜ、残っているんだ?」


 銀二が一息ついたところで、山市が尋ねた。妻子は北へ逃がしたと言った。行く当てがあったのなら、一緒に行けばよかったのではないのか。


「お前さんらに嘘をひとつだけついた」


 両手で、銀二は顔を覆った。


「あれとは喧嘩別れだったのよ。実家に帰ると言ったのを、俺は止めたんだ。娘らのことを考えてやれなかった俺が、意地を張って――それきりだ」


 男の表情は見えなかった。

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