白い寺院
永谷園
第1話
寺院の窓から差し込む夕焼けの暖かな光がもうすぐ一日が終わる事を教えてくれている。
階下から聞こえてくる神への祈りは、読経というよりは歌のように聞こえ、それのせいだろうか、敬愛するものへ自然と感謝する気持ちになってくるから不思議だ。
ドアを叩く音。返事をする前にアヤネが部屋に入ってきた。
「アイコ様。祈りが間も無く終わります」
「そうね。下にいきましょうか」
ギフテッドと呼ばれる寺院一大きいホールには、数十人の神官たちが最奥にある神を模した白磁の像に祈りを捧げている。
全員が女性だからか、澄んだ祈りの声はどこまでも高く、どこまでも遠く、本当に神に届いてると思われるものだった。
少しずつ音階が上がるかのような伸びのある高い声が途切れると、それが終わりの合図だったらしく、より深く神官達全員が白磁の像に頭を下げている。
私は神を見たことがあった。
この世界に連れてこられた時、自らそう名乗る者と、何もない無の空間と神が呼んでいた場所で対峙した。
「あなたが神と自ら名乗ったとしてもさしてそれに興味がありません」
白磁の像がここからだと男性なのか女性なのか判断がつかないのだが、眉目秀麗、容姿端麗で間違いない像の姿形とは違い、私が会った神と名乗ったものは、表情どころか目鼻口もどこにあるか分からないようなただ白い存在であった。
「わたしはなぜここにいるのでしょうか?」
「君が元いた世界は君の存在自体がイレギュラーだったからかな」
「イレギュラーとは?」
「あそこの世界での君という存在は、正義も悪も打ち消しあってしまったからね」
言ってる意味が分からず神と自ら名乗る者を見る。
「レ・プレンドール。君の持っているギフトだよね?」
黙っている事を肯定と捉えたようで話しが続く。
「人族同士が対立するとね遺恨が必ず残るんだよ」
「戦争責任という事なら、勝ち負けに関わらず遺恨が残るのは当たり前だと思うわ」
「そうなると次はより強力な魔法、より強力な兵器を同種族同士で披露しあう。最後に残るのは破滅なんだよね」
「優劣を付けたがるのはどの種族も同じでしょ?」
「他種族は同族同士で破滅するまで歪み合うなんてことは絶対にしないよ」
言われてみれば獣人にしろ魔物にしろ優劣はあれど憎み合っている同種族というのは聞いたことがなかった。
「僕が作った世界はね、人族の文明が発展していくと人族同士で必ず軋轢が生まれる。そうならない為に絶対悪を必ず対立させていたのに君のギフトは悪の心を浄化させてしまうんだ」
「それの何がいけなかったかしら?」
「正義はね悪がいないと成り立たないんだよ。文明はね対立がないとね発展しないんだよ。同族同士だとどちらもが正義を主張するから破滅しちゃうし、悪を設置したらイレギュラーが発生するし……」
「それは私のせいなの?持って生まれたギフトが改心させる力ならそれを使うのは常識でしょ?」
「だからこそのこの世界なんだよ」
この世界も何も、寝て起きたら何もないこの無と呼ばれる空間にいるのだ。まさかこの先一生この場所にいなくてはいけないの?そう考えていたら
「さすがにそれはね…違う世界に転生してもらうよ」
「神だからと言って頭の中まで覗いてほしくはないわ」
「それは申し訳ない」
「表情も何もないのに笑っているのが分かるのが何だかムカつくのだけど」
「神に向かってムカつくって初めて言われたよ」
「ま、いいわ。その世界はどんな世界なの?私以外全員獣人か悪魔とか?その世界の者達を全員改心させたらまた違う世界へ…そんな感じかしら」
「それはそれで面白いけど、今から行く世界は人族しかいないよ」
「破滅一歩手前なのかしら?」
「女性しかいない世界なんだ。ある意味破滅だよね」
またしても表情がない姿で笑っているのが分かる。
「そこで何を成すのか。成さぬのか。ギフトもそのままだし、前の世界と一緒で魔法も使えるよ。アイコ次第だから。じゃあ楽しんでね」
あれから一年が経った。
この世界は本当に女性しかいない。
ここでの私は未だにお客様。
無の世界を放り出され、再び目を開けた時は神官達に介抱され、ベットに寝かされていた。
ギフテッドホールに突如現れたのだから、神の化身の如く扱われているのも仕方がないのだろう。
「ご機嫌麗しゅうございますアイコ様」
「キョウコの歌声をはっきりと認識できたわ」
「ありがとうございます。大変嬉しく思います」
「後で私の部屋へ来ませんか?美味しいお酒をいただいたのです。久々にあなたとアヤネと三人でお話に花を咲かせたいと思うのですがどうです?」
「う、嬉しいです。必ず、必ずお伺いさせていただきます!」
頭を下げその場を立った神官長のキョウコは、去り際の横顔からは隠しきれない笑みが見てとれた。
「アイコ様今宵は三人で夜を?」
「そうね。アヤネも一度自宅に戻って準備をしてきても構わないわ」
アヤネの短い髪をかきあげる。指先は髪から耳、首、顎を持ったまま親指で優しくアヤネの唇を撫でる。惚けた表情のアヤネの唇から指を離す。耳元で「朝まで楽しみましょうね」と囁くように伝えると力が抜けたようにその場にへたり込んだアヤネを見て少し満足。
放心したアヤネを置いて自室へと戻った。
「戒律を重んじるこの国で改心させるギフト、レ・プレンドールがこんなに効くとは思わなかったわ……」
鏡に映る私の顔は、とてもはしたないように見えたのだが、今夜のことを想うと当然だとも思った。
ドレスのファスナーを下げると、そのまま足元に音を立てずに落ちる。鏡に映る一糸纏わぬ姿。
神と名乗る者に最後に言われた言葉。
私は楽しんでいる。
その時のために私はシャワー室へと向かった。
湯気が立ち込めるシャワー室に入ると、微かに冷たかった肌がじんわりと温まっていく。
壁に手をつき、温かな水流が肩から背中を伝って流れ落ちる心地よさに思わずため息が漏れた。
浴室に響く水音に紛れて、小さな笑みを浮かべる。
「本当に……神の言う通り、私は楽しんでいるのかもしれないわね」
鏡越しに見た自分の表情を思い返す。神官たちに敬愛され、戒律に縛られたこの国で、私は何もかもを解き放っている。
指先を濡れた肌に滑らせ、鎖骨から胸元へと触れる。湯気に包まれた空間での自分の吐息が妙に艶めかしく響いた。
不意にドアが開き、湿った空気を切るような音がした。
「……アイコ様?」
控えめな声が聞こえ、振り向くとアヤネがそこに立っていた。彼女の顔は真っ赤で、視線はあちこち彷徨い、戸惑っている。
どうやら慌てて駆けつけたようで、彼女の服の襟元には汗が滲んでいるのが見て取れた。
「準備が終わったから……様子を見に来たのですが……」
言葉を途切れさせたアヤネの瞳が、私の濡れた肌に吸い寄せられている。
「アヤネ、あなたも汗をかいているわね。せっかくだから、一緒に浴びましょうか」
「えっ、そんな……!」
困惑したように手を振るアヤネ。しかし、視線だけは明らかに動揺を隠せず、私の肩や胸元をちらちらと見つめていた。
その可愛らしい反応に、思わず唇が綻ぶ。
「遠慮しないで。戒律なんて、ここでは忘れてもいいのよ?」
そう言って、私は彼女の手を取る。そしてそのまま引き寄せ、アヤネを湯気の中へ導いた。
彼女の肌に触れると、鼓動がはっきりと伝わってくる。
「アイコ様……」
震える声で名前を呼ばれた瞬間、胸が熱くなる。湯気に包まれた狭い空間で、私たちの距離はどんどん縮まっていく。
彼女の唇が近づき、私はそれに応えるように顔を傾けた。
唇が触れる。
戸惑い混じりの柔らかい感触に、互いの吐息が交じり合った。
一瞬、アヤネがためらうように身を引こうとしたが、私は彼女の首筋にそっと手を回し、それを許さなかった。
「逃げないで……」
囁くように言うと、彼女の抵抗はふっと消えた。
再び唇が重なり、湯気の中で互いの体温を確かめ合うように、私はアヤネを抱きしめた。
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