第35話 脅迫じみた約束

 マカロンは私の頭を鷲掴んで、顔に近づける……。


「追悼の日のことだけど、私あれに参加することになってんのよね〜。すっごいでしょ? ……まあ、あんたがどうしてもって言うのなら、同行させてやってもいいわよ〜?」


 マカロンが、こんな事で嘘を吐くようには思えないけれど……

 念の為、その理由を確認することにした。


「どうしてマカロンが……?」


「……愚問ねっ。私は世界を魅了するダンサーよ? 呼ばれないわけないじゃない。もともと火炎の舞ってのは、死者を弔う為のものなのよ……。——で、どうすんの?」



 マカロンが私を試すように聞いてくる。

 ……それはもちろん、二つ返事でこの話を進めたい。

 とはいえ、これでも一応任務中の身だ。

 

 定まらない思考に頭を悩ませていると、鷲掴みにされた頭が

 みしみしと音を鳴らしはじめた。指がめり込んできている……。

 

「い……痛いんだけど」


「あんたの頭って色んな意味でカタイわね。いいじゃない別に。任務の一環でノゼアールに来ちゃってまーすっ! とか言っとけば〜」

 

 私の体は大きく左右に揺らされた。

 ……先ほどの老人を揺さぶったことが思い出される。罰でも当たったように。

 マカロンの力は、岩をも砕く勢いだ。更に指がめり込んでくる……。

 並の人間なら、今頃頭は木っ端微塵のはずだ。


 マカロンの気が済む答えを私が口にするまでは

 指のめり込みは止まらない。こんなの誘導尋問だ——。


 ……死の気配すら感じた私は、苦し紛れに同行することを承諾し

 当日現地で集合することを約束した。

 これに満足したマカロンは、鼻歌を鳴らしこの街のどこかに消えていった……。



 イレーナに会える心からの喜びと、任務中に私情を挟んだ後ろめたさが交差して

 それからの数日は、感情と理性のバランスが上手く取りきれなかった……。

 

 数週間後となる追悼の日までは、少しでも任務に集中するために

 この街を拠点にダンデスタ帝国の情報収集に明け暮れた——。


 いくつか有力な情報も手には入ったけれど、立証できるものがなくて

 司令官に報告し兼ねる段階のままで終わっていた。

 


 ——とうとうこの日を迎える……。


 私は気持ちが前のめりになって、約束した時間より早く着いてしまっていた。


 ノゼアール城全体が視界に入る距離まで離れ

 葉が枯れ落ちていた背の低い木を見つけ片脚で飛び乗り、腰を下ろした。

 

 ……最初にノゼアール国へと訪れた時よりも、のどかさは薄まっていて

 以前より『一国』さが随分と増しているようだった。


 門や外壁にノゼアール国の兵士が立っている。

 その兵士の間に、イスキレオ機関の戦闘部隊班がそこかしこに立っていて

 厳戒態勢がとられているのが目に入った。


 その光景に、私は全身の空気を出し切るように、大きな溜め息を吐く——。


 イレーナに会えると言われて、ここまで来たわけだけど……

 冷静に考えてみれば、イレーナと直接会うなんて無謀な事かもしれない。

 こんな日に外部の人間が、王族に近づくことは許されるはずがないのだから。


 マカロンに騙されたような……そんな気分になる。

 会ったら一度、蹴りの一発ぐらいお見舞いさせてもらおう。絶対に。


 マカロンに振り回されて、どれだけ気が滅入っても

 ここから眺める景色は心を穏やかにしてくれた。

 イレーナの家族が居るというだけで

 ここの景色は私にとっても特別なものに感じたからだ。

 

 ……単純馬鹿なのは誰に言われずとも自覚済みで

 私は穏やかな時間に身を預け、何をするわけでもなくここで時を待った……。

 

 ……すると、見覚えのある屋形の荷車が、門へ向かっているのが見えた。

 その屋形を挟んで、長蛇の兵士が顔色一つ変えずぞろぞろと歩いている。


 ……ガストレア国だ——。


 こんなこと、恩義を感じているはずのイレーナには口が裂けても言えないけれど……

 私はガストレア国が苦手だった。


 ……ただ、漠然と苦手意識を持っているわけではない。

 兵士の様子が、昔あの塔で蹴散らした傭兵達とどこか似ている気がするからだ……。

 もう遠い記憶で、不確かではあるけれど……何かが似ているのは間違いなかった。

 ……どんな理由があるにせよ、イレーナの身を救ってくれたこの国を

 否定するつもりなんて微塵もなくて、関わりたくはない……そんな感じだった。


 あの屋形に恐らくイレーナも乗っている…………。

 その事を頭が理解すると、私の心はそれに反応して淡い感情が溢れてきた——。

 

 イレーナは外からのノゼアールを、まだ暗がりだったあの一度しか見たことがないはずだ。

 今、どんな気持ちでこの景色を見ているのだろうか……。

 同じものを見ていると思うだけで、私の顔はだらしなく緩んでしまう。


 通り過ぎていく屋形を、門に入って姿が見えなくなってしまうまで

 いつまでも、ずっと、見送った……。



 ……顔や意識は屋形へと向けつつ、私は限界手前まで体をよじり

 背後にあった気配へと、思いきり片脚を当てにいった——。

 

 

 ——着地した鈍い足音と、足首に伝う指圧が同時に起きたように感じた。

 私を地面すれすれに逆さ吊りにしているやつの顔を、覗き込むように睨む——。


 頭はつるつるとしていて、いつもの被り物や、化粧っ気はない。

 いつもとは違う風貌に、不本意にも厳格さすら感じてしまった……。


「ねぇ……ご挨拶じゃな〜い? 若いと血の気が多くて馬鹿丸出しね〜……」



 ……私は逆さのまま腕を組み、マカロンをひたすら細目で見つめてやった。


 

 

 

 

 


 

 


 

 

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