第28話 振り返るあの日 (第二章)
物静かに何処までも続く長い廊下が
この城の広さを感じさせる。
等間隔で嵌められた格子窓……
差し込む日差しが眼に沁みた。
並んだ窓の一箇所には応急処置として
木製の板が貼り付けられている。
……ここへ戻った日のことは
目を瞑ればその時に戻るほどの
忘れられない記憶となっていた。
そして私達がガストレアに身を置いてから
三日目の朝を迎えていた…………。
********
あの日……
城の門まで辿り着いた時には
大臣や兵士達の間に国王の姿もあった。
意識朦朧とするイレーナを
国王自らが手を差し伸べる。
その光景は私の中で何の不自然さもない。
イレーナと国王は……
血縁関係にあることを
どこかで確信していたからだ。
同じ匂い……。
血縁者でもない限り
ここまで同じ匂いがすることはない。
ニカとは違う、親子の匂いだ……。
ノゼアール襲撃に伴ったイレーナの隔離は
この件が絡んでいるとみて間違いない。
娘の窮地を父が救った……
ということなんだろうか。
…………——。
目も当てられないほどに
衰弱しきったイレーナは
随分前から用意されたはずの部屋で
ひとまず休むことになった。
イレーナの眼には正気が無く
焦点すら合っていない。
身体だけが此処にいて
心や意識を落としてきたような……。
また、私の心臓が潰されそうに痛みだす……。
顔を上げるのがやっとなほどに
全身が黒い渦に飲み込まれそうだ。
私は、連れられていくイレーナを
背中で見送ることしかできなかった……。
この頃には私の身体にも
しっかり疲労が蓄積されて
気を抜けば意識が飛びそうだった。
だけど……
(私にはまだやるべき事がある……)
その場に残った国王へ目線を向けると
国王は、私が頼まずとも
事の顛末について話すと言い
私を客間へと招き入れた。
大きな背もたれが印象的の
真紅色のソファに国王は深く腰掛けて
雑さのない溜息を吐いた。
国王は話し出そうと思い出を遡り
遠くを見つめている……。
その光景はイレーナが私に見せたものと
ほとんど変わらない姿だった。
……——。
「イレーナは私と、今は亡きノゼアール国王の妹……シエラとの娘だ」
開口一番の言葉に私は
驚いたような、納得したような……。
確かにイレーナには時折見せる
ノゼアール国王の面影もあったからだ。
「当時ガストレアとノゼアールは親交が深く、私とシエラと国王も、幼き頃からよく遊んだものだ。ただ若い私達にとって、物事の分別や自身の身の振り方など、二の次でな……」
物悲しい表情を浮かべる国王は
天井を見上げて、独り言のように呟いた。
「……ファライスタは、どこまでも力を求める国だ……。ノゼアール襲撃はただの始まりにしか過ぎん。ガストレアとは同盟こそ結んではいるが、それは軍事力の高いダンデスタ帝国への見せつけでしかない」
……言い終えた国王の顔色が変わり
厳格な国を統べる者の貫禄を醸した。
「アスピスの者よ、このままこの国に仕える気はないか? ……いや、イレーナに仕えてはくれぬか? ……狙われたのは魔石だけでは無い……奴らはシエラの時のように、イレーナの力に目を付けている。どんな手を使ってでも、イレーナを取り込む気でいるはずだ」
……国王の願いはすでに叶っていた。
何故なら私は……
彼女の身の安全が確保されるまで
護衛を続ける任務を与えられていた。
司令官は初めから
全てを見通していたというわけだ……。
なんとも食えない人。
今一番安全な場所に
イレーナの身は置かれている。
このまま一度、イスキレオ機関に戻り
情報を掻き集めるのも
この状況を打破する手立てになる。
……今の私に必要なものは
イレーナを守る為の判断材料だ。
…………——?
ふらつく脳みそで
どうにか思考を巡らせていると
私の背後にあった扉を
ノックする音がして
誰かが入って来る気配を感じた——……。
……漂ってきた懐かしい匂いに
私の身体と思考はゆっくりと
動かなくなっていく……。
ふわふわとして
気持ちが良い……——。
「アスピス部隊、シーナと申します。この度オルフェルト司令官より、急ぎの命を受け、こちらへ参りました。」
もう私は振り返ることすらしなかった。
……誰かにこの場の全てを任せて
深く眠ってしまいたかった…………。
……いつものイレーナの足元で。
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