第17話 マカロンの気まぐれ

 ………………————。


 どれくらいの時間を、ここで過ごしていたのか……。

 気づけば人の過密さも薄れて、街は夜の世界へと姿を変え始めていた。

 酒場のほうからは、淡い照明の光と、楽しげに奏でられた音楽が漏れている。


 イレーナの傍にはマカロンが立っていて、談笑しているようだった。

 錯覚から目覚めた私は、二人の元へ再び脚を動かした。



「アイオ、何処にいっていたのですか?」



 ……刺客の事は、正直に話すべきなのだろうか……?

 話してしまったことで、この先の道のりが、イレーナにとって不安なものになるのなら……言わないことが正解のように思うけど……。彼女には自分の身に起きる全てを知る権利もある……。


 柄にもなく小難しい事を考えて、答えを出せず口籠る私に、鼻先で笑ったマカロンが口を開いた。


「あんたね、イレーナちゃんはそんな弱っちぃ子じゃないのよ。覚悟に身を投じ始めた女ってのは、誰より何より強いんだからっ」


 ……的を得ていると言えばそうだ。

 イレーナは弱い人じゃない。

 

 さっきあったことを、全部話そう。

 まずは、彼がマカロンだというところから……。



「え!? ちょっと待って! 分かんなかったなんてことあるぅ——っ!?」


 彼の真実を知ったイレーナは、あまりの衝撃に放心状態で、マカロンはその姿に笑い転げている。


 マカロンが女性だと(女性ではあるけど?)信じきっていたイレーナとしては、今のマカロンは何処からどう見ても、男なのだろう。

 肌は浅黒く、筋肉質でがっちりした短髪の、まさに『男の中の男』だ。

 混乱するのも仕方がない。


 イレーナが落ち着いたところで、私は刺客の事、そしてこれからの事を一通り話し、マカロンへ尋問にも似た質問を投げかけた。


「——で、何者? 協力した理由は?」


 マカロンは不敵な笑みを浮かべて「ここじゃなんだから」と私達に、自身の店へ来るように提案してきた。

 

 こちらも聞きたいことはいくつかあって、それを断る理由はない。


 それに……今イレーナには、マカロンの存在が必要なんじゃないだろうか。

 大人の言葉はこういう時に頼りになるはずだ。

 私が司令官に対して、そう感じたように……。


 イレーナの意見も聞き、私達の間で相違がないことを確認した上で、マカロンの店へと付いて行くことにした。



「ちょっとゆっくりしておいて、着替えてくるから」 


 マカロンはそう言って、奥の部屋へと入っていった。


 残された私とイレーナは、三人掛けのソファに並んで腰掛けた。

 奥の部屋から、夜風がこちらに通り抜けてきて、ひんやりとして気持ちがいい。

 目を瞑ると、虫の音まで鮮明に聞こえてくる。

 この活気立った街に、こんな落ち着いた場所があるのも、なんだか現実味がない。


 あの時、刺客の話を聞いたイレーナは取り乱すこともなく、ただ静かに聞いていた。彼女は今、何を思っているのだろう……。



 暫く続いた沈黙が、穏やかな口調で破られた——。


「怪我などしてないですか?」


「この通り元気」


「アイオは強いですもんね」


「相手が弱すぎただけだよ」


「そう……ですか」


「……うん。あ、そういえば……」


 ……——奥のほうから足音がして、言いきれないまま、会話が打ち切られてしまった。


「お二人さんお待たせ〜」


 ……昼間の姿のマカロンが戻ってきた。

 長い髪は、がっちりとした肩幅を覆い隠し、塗られた口紅は昼間よりも自然に仕上がっている。

 ただ、頭の被り物の位置がしっかりずれていて、違和感でしかない。

 どうでもいいけど。


 私とイレーナの向かいに、小さな木の椅子を持ってきてマカロンが座った。



「さてと。ちびすけの聞きたいことは私が何者であるか、そして協力したのはどうしてか……よね?」

 

 私は頷くだけで、イレーナも黙っていた。


「単刀直入に言うけど、私はたまーにアスピスで、基本は世界が愛する『火炎の輝き』の大人気演者よ!」



 …………え。


 横にいたイレーナは、私よりも驚いて、口が半開きになったまま動かない。


 マカロンがアスピス……。確かに、理に適った話ではある。

 どう考えても、マカロンの身構えは素人じゃない。

 確実に私よりも経験の多いマカロンと、対峙することになっていたら……護衛の任務は果たせても、この身はただでは済まなかっただろうとも思っていた。


 ただ、マカロンからは『強者の貫禄』が惜しみなく漏れ出している。

 ……というより、隠す気がなく丸出しなくらいで。

 外部ではそれを隠して行動をすることを、アスピスでは義務付けられている。

  

 アスピス部隊の中で、実際に会ったことがあるのは、マカロンで四人目だ。

 普段他の三人は、同じ部隊の人間にさえ、あまり能力を見せることはない。

 私達は、いつだって敵同士になり得る場所に身を置いているからだ。

 一体マカロンは何を考えているのだろうか……。


「それと、協力した理由はただの気まぐれよっ」


「……ふーん。じゃあ、どうして力丸出しなの?」


「あー……それは、他人が私の何を知ろうとも、私が平伏す事はない。だから、隠す必要を感じないし、そもそも面倒なのよ。……つまり、私は無敵ってことね♡」


 丸出しの理由はさておき……マカロンが王女と見抜いて、私達に明言したことは、『言っても支障がない』ということだったのだろう。

 恐らく深い意味はない……。考えなく言っただけだ。


 私の風貌はアスピス部隊のそのもので、こちらの素性なんてマカロンにはすぐに分かっていただろうし……。

 私達が仲間だと認識して助け合うということも、それが任務じゃなければ皆無だ。

 協力したのはただの気まぐれ……本当にそれだけなのかもしれない。

 


 マカロンは、ここからが本題だと言わんばかりに話しを続けた——……。


 




 

 

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