第15話 イレーナの純情な感情 (その三)

  見かねたマカロンさんは短く息を吐き、固く握られていた私の手を解いて、私の手まるっと包んでくれた……。

 マカロンさんの優しく大きな手には、いくつか肉刺ができていて、女性のものとは思えないくらいだった。



「……運命はこれから、良くも悪くも貴女を苦しめてくる。でもね。それが生きるってことなの。物事の捉え方次第で、未来は大きく変貌していくわ。それを忘れないでね」



 私はこの先やってくる未来に、少しの間、思いを馳せた……。



 苦しめる。……確かに負の感情は、悪い事ばかりじゃない。そこからいくつも学ぶ事があるってことを、今の私は理解することができた。


 それでもやっぱり苦しい事は、少しでも避けて通れたら……。これが本音だった。

 それを遮るように、アイオの言葉が甦る……。



『今を楽しんで』…………そうだよね。



 アイオのくれた言葉は、私の悲観的な考えを断ち切ってくれた。

 マカロンさんだって、未来は変貌すると教えてくれているんだから、もう心配することなんてない。私次第なんだから。



「どうせちびすけが居るし、何が起きても大丈夫よ。あいつ、しつこいし〜」


 しつこい?

 ……どちらかというとアイオは……そんな感じではない気がするけど……。


「それはそうと、ちびすけのどこが良かったの?」


 どこが良かった?

 ……お父様がイスキレオ機関に要請を出した事は知っているけど……アイオを指名していたかまでは分からなかった。


「……えっと、私の一存ではないですね」


「え? いや〜そうじゃなくって、あいつのどこを見て好きになったのかって、聞いてんの〜」



 ……好き?……好きってあのー……。…………好き????



 ただ、アイオのどういう所が好きなのかを、聞かれているはずなだけなのに……。

 たったそれだけの事に、何を動揺する必要があるんだろう……。

 お城を出てからの私は、ちょっとどうかしてる気がする。


 私の中から、原因不明に迫り来る焦燥感を、なんとか隠そうと必死になった。



「……ア、アイオの好きな所ですよね?……えっと、優しくて、頼り甲斐があって、強くて……あと、可愛いですね! 魔獣みたいで!」


「ふーん」



 ……なにやら物言いたげに、私を細目で見るマカロンさんの視線が痛い。

 


「……王女様って鈍感で初心ね。でも、ちびすけはもっと鈍感でお馬鹿さんよね〜。お子様二人にはまだ早かったみた〜い」


 被り物のような赤毛の長い髪を、指でくるくると絡ませながら、つまらなさそうにマカロンさんが言った……。



 マカロンさんの星読話は、私の中で整理が追いつかず、頭が今にも沸騰してしまいそうで、最後まで私から何かを質問をすることはしなかった。

 というより、その余裕もなかったというか……。


 私はそのまま御礼をさせてもらって、アイオが待ってくれている部屋へと戻った。


 出てきた私を、アイオが心配気に見てくる……。

 何かなかったかと聞いてくれるんだけど、あったような、なかったような……。


 今は何も口にしないほうが賢明な気がして、特に何もなかったと簡単に伝えておいた。


 奥から出てきたマカロンさんは、怪訝そうな顔で何かアイオへ耳打ちをしていたけど……その内容をアイオに聞いてしまったら、こちらも全てを話さないといけない気がして、私は口を噤んだ。



 お店を出ると日が沈みかけていて、辺りはうっすら暗くなっていた。

 体感としてはそんな時間を要した気がしなかったんだけど……。

 ひとりで待たせてしまったアイオに、申し訳ない気持ちがどんどん増えていく……。



 お店を出るときに、私はマカロンさんから、四つ折りになった紙を一枚渡されていた。辺りの明るさが少しでもある内に……と、その紙を広げてみると、そこに書かれていたのは、催しの宣伝みたいなものだった。



 『魅せてアゲル 〜火炎の輝き〜』

  場所、中央広場にて。時間、暗くなってから♡



 ……確かに人の流れが、暗くなって更に中央広場のほうへと向かっているのは、そういうことだった。

 アイオが言うには、この催しは国を跨ぐほど有名なものらしく、遠路はるばる来る人も少なくないんだそう……。

 演者都合で不定期開催も有名な話のようで、開催当日に延期になってしまうことも多いんだとか。

 だけど、まさかその演者がマカロンさんだったなんて……とアイオは驚いている。


 私は、妙に引っ掛かっていた、マカロンさんの肉刺の理由に合点がいって、つかえてたものでも取れたみたいに、なんだかすっきりした。



 広場へと向かう道中で、アイオが私にこんなことを言っていた……。


 「もしかしたら、マカロンはいないかも……」と。


 




 


 


 

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