第39話 凶敵再び
どうやらアーヴィンの傷は深いようだ、すぐには回復しないだろう。
とどめを刺すなら今だ。
しかし僕の身体もうまく動かない。
慣れない剣で風を操り、氷の刃をアーヴィンに突き刺すために、すさまじい量の魔力を使ってしまった。
ついに僕はひざを突き、倒れ込まないように剣で身体を支えることが精一杯だった。
まだアーヴィンは魔獣のままだ。
早くアーヴィンにとどめを刺さなければ、すぐに起き出して今度は賢人が本当に殺されてしまうかもしれない。
気は急くものの、身体は言うことを聞かず、荒い息を整えようとするのがやっとだった。
体内のマナをほぼ使い切ってしまっったため、空気中のマナを吸おうとしたが、一向に身体は楽にならなかった。
僕が動けないでいる間、アーヴィンも同じく静止していた。
傷が深いのか、回復に時間がかかっているようだ。
お互いが動けない状態で、しばらく時間が流れた。
少しして、僕はふらふらの状態で立ち上がり、地面に落ちていた自分の剣を持ち上げた。
アーヴィンの剣を杖のように使い、アーヴィンにゆっくりと近づいていく。
アーヴィンも、意識を取り戻し、立ち上がろうとしている。
右肩から左のわき腹に駆けて深く切り裂かれているが、魔獣の回復力のためか、すでに血は止まっていた。
回復に力を使ったのか、最初と比較すると弱々しい雰囲気だ。
しかし、魔獣化が解けているわけではない。
僕は剣を振るったがアーヴィンに軽々受け止められ、剣をつかまれてしまう。
もう一方の剣を突きだそうとしたとき、身体に衝撃が走った。
僕はアーヴィンに蹴り飛ばされ、大きく後方へ吹き飛んだ。
まだこんな力があったのか。
吹き飛ばされた衝撃と、マナ不足で僕は、起きあがれない。
アーヴィンも一気に距離を詰めることは出来ないようで、ゆっくりと歩いて此方に近づいてきた。
アーヴィンは、此方に近づくなり、また蹴りで僕を吹き飛ばした。
今度は、太い木に身体を打ち付けられた。
それから、アーヴィンは、僕に近づいては蹴り飛ばすことを繰り返した。
その瞬間は剣で身体を守るものの、反撃する体力は、すでになかった。
何度も蹴り飛ばされ、その度に身体を強く打ち付け、すでに指の一本も動かすことが出来なくなった。
僕は仰向けに倒れ、空を見上げていた。
太陽は、西の空で赤く輝いている。
「夜空がよかったなあ」
運命を受け入れるしか無いようだ。
最後に差し違えてでもアーヴィンを人間に戻したいと、剣を握る手を動かそうとするが、すでに手遅れのようだ。
僕の身体は僕の意志を末端まで伝えることが出来ない状態になっている。
ゆっくりと近づくアーヴィンを見つめる。
アーヴィンが手を開き、振りかぶった。
最期の時を覚悟いたとき、アーヴィンの手が止まる。
アーヴィンが、僕の後方を見て固まっている。
アーヴィンの顔が、赤く染まった。
夕焼けがアーヴィンの顔を赤く染めたのではない。
何かが僕の背後で爆発したようだった。
またもごろごろと頃がされた僕は、世界がめまぐるしくぐるぐると回る中で、信じられない物が見えた。
レッドドラゴンだ。
レッドドラゴンが、僕の後ろにブレスを吐き出したことで、僕が吹き飛ばされたという事がわかった。
僕は、爆風により吹き飛ばされたが、何とか体制を整え、ドラゴンの方を向いた。
ドラゴンは、僕に見向きもせずアーヴィンに襲いかかっている。
魔神とはいえ、魔物から成長したドラゴンは、マナの多いアーヴィンを本能的に狙ったのだろう。
対して僕はマナが枯渇している状態だ。
アーヴィンはかろうじてドラゴンの猛攻をかわしているが、時間の問題だろう。
「リンウッド、大丈夫か。」
気が付くと背後に賢人とエリカが立っていた。
「リンは、大丈夫?」
エリカは握っていた剣ごと僕の手を握りしめ、魔力を流してくれる。
僕はもはや痛みを感じていなかったが、エリカの奇跡により、身体に痛みが戻り始めた。
かすかだった痛みが、全身に耐え難い痛み二変化していく。
「少し回復したら、たぶんすごい痛いと思うから覚悟してね。」
「すでに、すごぶる全身が痛い。
テオンさん、アーヴィンを助けてください。」
「君ならそういうと思ったよ。」
賢人は笑顔でうなづき杖を構えた。
「テオン。
相手は、レッドドラゴンよ。
どうするの?」
「とにかく、アーヴィンを助けなければ。
アーヴィンがやられたら、次はわし等だ。
エリカはリンウッドの治療を頼む。」
「わかったわ。
無理はしないでね。」
エリカの治癒もこの度で大きく成長している。
賢人の傷はエリカの治療によりすでに完治しているようで、僕は安心した。
僕は、手に持った剣の一振りを賢人に差し出す。
「テオンさん。
これアーヴィンの剣です。たぶん必要になると思うからアーヴィンに返してもらえますか?」
賢人はうなずき、僕からアーヴィンの剣を受け取ると僕らに背を向けて駆けだした。
「エリカ僕達も行こう。」
「でもまだ・・・。」
「もう歩けるくらいには回復しているよ。」
「わかった。」
エリカはマナポーションを僕に渡し、手つなぎ治療を続けてくれた。
僕はマナポーションを一息で飲み干し、歩き出した。
ドラゴンのもとへ着くまでの数十秒で、可能な限りの治療をしてもらい、身体は痛むものの動けるようになっていた。
戦いは、激しい。
アーヴィンはドラゴンに対し、魔獣化した状態で、体当たりなど素手での攻撃を繰り返している。
狙われるアーヴィンに対し、賢人は魔法弾を操り、何とか守っている状態だ。
賢人は、細かな魔法弾を連発し、攻撃しつつアーヴィンを守っている。
前足よる攻撃であれば、足の付け根に魔法弾を当てて軌道をそらしたり、突進の兆候が見られた際は、足下を爆破し、踏み切りを不発にさせたり、賢人の魔法技術の高さであらゆる攻撃からアーヴィンをかばい続けた。
「エリカ。頼みがある。」
僕はエリカに短く作戦を伝え。剣を握り直し駆けだした。
賢人とアーヴィンは、ぎりぎりの均衡を保っていたが、いつ崩壊してもおかしくない。
僕は、遠巻きにドラゴンの周りを走り始めた。
よく観察しろ。
魔神は、魔物が進化した存在だ。
必ずあるはずだ。
僕は、ドラゴンの動きを観察しつつ、周りを集会する。
そして、
「エリカッ!」
僕が叫ぶと、ドラゴンの真下が隆起し、瞬間、ドラゴンの腹側が露わになる。
僕は剣に摩力を込め、そこをに突き立てた。
もっともドラゴンが守ろうとしていた場所は、ドラゴンの首筋の真下。
そこに氷で間合いを延長した剣を突き立てる。
賢人も気づいたのか、魔法弾をそこへ向けてたたき込んだ。
ドラゴンは、体制を立て直し、此方に向き直る。
「効いている。」
首筋の傷からは黒い蒸気のような物があふれ出ていた。
魔物がコアを破壊されたときと同じ反応だ。
しかし、まだ倒し切れていない。
それどころか、ドラゴンは咆喉を上げ、むちゃくちゃに暴れ出した。
ドラゴンの近くにいた僕はドラゴンが勢いよく回転したことで吹き飛ばされた。
回転の影響で、エリカが魔法により隆起させた柱が弾き飛ばされ、賢人やエリカに向けて散弾のように飛び散る。
僕は、少し離れところで木にたたきつけられたが、依然しっぽに不意を付かれたときとは違い、氷による防御が間に合っていたので、軽傷ですんでいた。
しかし、木にたたきつけられたことで、一瞬ではあるが、意識がドラゴンから逸れてしまった。
僕が前を向くと、ドラゴンが口を広げ、僕を飲み込もうと飛びかかってきていた。
突然のことに一瞬身体が硬直する。
その一瞬が致命傷になった。
ドラゴンはもう目の前に迫っている。
反撃するにしても切り上げる間もなくかみ砕かれる。
そのとき、左から衝撃を感じた。
僕は、吹き飛ばされ、横に転がった。
体制を起こし、ドラゴンの方を見ると、アーヴィンがドラゴンの口に右腕をくわえられてからぶら下がっていた。
アーヴィンは魔獣化しても僕をかばってくれた。
そのとき、ドラゴンの後側に激しい爆発が起こった。
衝撃に歯を食いしばったのか、アーヴィンの腕は食いちぎられ、アーヴィンが地面に落下する。
僕は、アーヴィンが落下する前に下に滑り込みアーヴィンを受け止める。
アーヴィンの右腕は、肘のあたりから先がなくなり、血が吹き出ている。
魔力を使い切ったのか、魔獣化による自然治癒の効果はすでになくなっており、増幅していた魔力も収まっていた。
アーヴィンを抱えドラゴンから距離を捕るとエリカを捜した。
「リンッ!」
エリカの声が前方から聞こえた。
「エリカッ!アーヴィンを!」
エリカにアーヴィンを任せ、ドラゴンに向き直った。
ドラゴンは、賢人に向き合い、先ほどと同様に猛烈な勢いで賢人に襲いかかる。
賢人は、ひらひらとかわしながら、ドラゴンの弱点と思われる首筋に魔法弾を打ち込んでいる。。
加勢に加わるため、かけだそうとしたとき、賢人が叫んだ。
「くるなっ!!」
賢人は此方を見向きもせず、ドラゴンに向かい合っている。
賢人になにか考えがあるのだろうか、いや、策があったとしても一人であの巨体と向かい合うなんて無謀すぎる。
僕が賢人の言葉を無視して跳びだそうとしたとき、ドラゴンは、賢人にかみついた。
賢人は、よけるでもなく、自身の杖を前に出し、正面からドラゴンにかみつかれた。
「テオンさんっ!!」
賢人はちらりとこちらを見、にこりと笑った。
次の瞬間、ドラゴンの体が少し膨らみ、すさまじい爆音と共にドラゴンの縛円が上がった。。
賢人が、魔法で、ドラゴンを中から爆発させたのだ。
その爆発が、ドラゴンの体内のガスと誘爆し、すさまじい爆発になった。
賢人はドラゴンの口から爆発により吹き飛ばされた。
「テオンさん!」
駆け寄りると、賢人の身体はドラゴンの噛みつきと爆発により、ぼろぼろの状態だった。
左腕は、肩から取れかかっており、腹にも大きなけががあるようだ、賢人のローブを赤くぬらしていた。
「ごほっ・・・。
リ・・ン・・・。」
「テオンさんっ!!」
僕が賢人に駆け寄ろうとしたとき、横から強烈な殺気を感じた。
ドラゴンはまだ生きている。
ドラゴンは、怒りにまかせ、こちらに突進してくる。
ドラゴンも満身創痍だが、巨体による体当たりだけで必殺の威力があることは十分に察せられた。
僕は氷柱を発生させ、ドラゴンを迎え撃とうとした。
その時、僕の目の前に"何か"が落ちてきた。
落ちてきた"何か"にドラゴンが激突する。
落下してきたのは魔王シシオだ。
魔王がドラゴンの突進を真正面から受け止めている。
「おりゃああああぁぁぁぁああああ!!!!」
魔王の気合いと共になんとドラゴンが投げ飛ばされた。
魔王は剣を抜き、気合いと共にドラゴンを一刀両断した。
ドラゴンは、魔王の手によって、ついに息絶えた。
僕は、唖然としていたが、また賢人のも問えとかけだした。
「テオンさんっ!」
「リン・・・。
そこにいるのか。」
「テオンさん、僕はここにいるよ。」
僕は、賢人の横にひざまづき、賢人の手を握った。
「今すぐにエリカを呼んでくる。」
「もう・・いい・・・。」
「いいことないだろ!
エリカなら何とかしてくれるよ。」
「もう・・十分だよ。
最期・・君のような子がいてくれてよかった。」
「最期って何だよ!
まだ教えてほしいことがたくさんあるんだ!」
後ろで草を踏みしめる音がした。
振り返ると、エリカと、目を覚ましたアーヴィンが治療を受けながら近づいてきていた。
「エリカッ!
頼むよ!テオンさんを助けてよ!」
エリカは、賢人に近づき治療を施そうとするが、賢人がそれを止めた。
「アーヴィンを・・助けてやってくれ。
カッシュに、無事で帰すと約束したんだ。」
エリカは、僕を見て首を横に振った。
「血を失いすぎてる。
アーヴィンの治療もやめられない。」
エリカは、口を強く結んでそういった。
賢人は、それを聞き、力なく頷いた。
「リンウッド。
地図の完成と魔族領のこと、任せたぞ。」
僕は賢人の手を握り何度も頷いた。
「リンウッド、エリカ。
アーヴィンを許してやってくれ。」
「許すもなにも、アーヴィンは僕らの兄貴だよ。」
それを聞き、アーヴィンはうつむいた。
エリカは、表情を変えずにうなづいていた。
「この旅は楽しかった。
最期にこんな思いができて、最高の人生だった。
唯一の心残りも、君たちが解決してくれる。
なにも思い残すことはない。」
「テオンさんっ!」
「テオンッ!」
「テオン、さん・・・。」
僕達は、何度も賢人に声をかけたが、それ以降賢人が僕らに答えてくれることは無かった。
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