リスブランの魔法使い
本間□□
魔法使いは笑えない
第1話
初夏の風を受けてゆらゆらと波のように揺れる黄金色になりつつある小麦畑、その中を馬車や蒸気機関に牽引されて動く最新の農作業機の車輪によって踏み固められた一本のあぜ道がどこまでも続く。
その田舎道を髪を靡かせながら歩く一人の少女。
彼女は青いリボンの付いたお洒落な麦わら帽子を被り、そこら覗く銀糸のように美しい肩まである髪を編みこみ、清楚な白いワンピースの上にどこかの制服と思われる紺のジャケットを羽織っている。
年の頃は若く成人しているかどうかといったところ。
少女は
一般的にエルフは
一方で顔の造形は非常に整っているにも関わらず、その表情はピクリとも動かない。それと見掛けによらず力持ちらしく、革製のトランクケースを片手で易々と運んでいる。
そんな少女の名はソフィリア・ルーンベル。この春に設立されたばかりの、退役軍人の為の人材派遣公社『リスブラン』のソルシエール――国家資格を持つ魔法使いであった。
彼女はとある依頼を受けて、リスブランのあるローデンリッヒから列車で半日は掛かるこの片田舎にやって来た。
少女は地図を何度も確認しながら、目的の家を目指して舗装もされていない田舎道を進む。その間、美しい原風景には見向きもせず、ワンピースとはミスマッチな物々しい革靴が地面をしっかりと踏みしめる。
「すみません、サマンサ様のお住まいはこの先で合っていますか?」
見送りの列車で元上官に被せられた麦わら帽子を押さえながらソフィリアは偶々見かけた休憩中の農家の男性に尋ねた。
話しかけられた男性は少女の見た目とは裏腹にハキハキとした口調だったことに少し驚きはするが、すぐに穏やかな笑みで親切に教えてくれる。
「あ、ああ。サマンサに用かい。それならあの赤い屋根の家がそうだよ」
と、男性は遠くに見えるレンガ造りの家を指さしながら言った。
「感謝します」
ソフィリアは昔の癖で軍隊式の敬礼で応えてしまう。
本人もハッとしてすぐに腕を降ろすが、男性はその堂に入った敬礼で彼女がどういう人物かに気付いた。
「はっはっはっ。あんた、ホムンクルスの軍人さんかい」
少女の長い耳が一瞬、ぴくんっと動く。
「――元、です」
なにやら思うところはありそうだったが、ソフィリアはそう訂正する。
少し前まで彼女も立派な軍服を着ていた。だが隣国との終戦を機に彼女ら軍用人造生命体――ホムンクルスはその役目を終えた。
生まれた時から軍人として生きることを定められ、それ以外の生き方を知らない。今身に着けているまるで年頃の娘みたいな麦わら帽子も、頼りないワンピースにしても初めて着るモノであった。
ただひとつ頑丈そうな革靴だけが
「ああ、戦争が終わったんだったね。嬢ちゃんみたいな存在のおかげで、わしらはこうやってのんびり農家ができるようになったんだ。ありがとうなあ」
ソフィリアと同じ耳の長いエルフの男性は帽子を取って深くお辞儀をする。
この地は戦場となった地方とは真逆に位置することもあって直接戦火に巻き込まれるようなことはなかったはずだ。それでも戦争と無関係でいられるほど、各地に残された戦争の傷跡は決して小さなものではない。
この地からも多くの若者が戦場へと駆り出され、その多くは生きて故郷の家族と再会することが叶わなかったに違いない。
そして胸元のロケットペンダントを握り締めながら頭を下げるこの人は一体どちらなのか。
少女はどう答えたら良いのか分からず「こちらこそ、助かりました」と、逃げ出すように教えてもらった家へと向かった。
会社のロゴである白百合の刺繍が入ったトランクケースから手を放し、ソフィリアは大きく息を吸う。
緊張で強張る体に新鮮な空気を送り込もうと何度と深呼吸を繰り返し、
「救国の英雄、自分達はそんな大層なモノではありません……」
と、周囲に誰も居ないのを確認して本音を吐露する。
戦争が終わり、前線から離れた都市に戻ってきたソフィリア達、ホムンクルスを待っていたのは過剰なまでの歓迎と感謝だった。
それも当然なこと。ホムンクルス以外にも多くの国民が軍に召集されており、帰郷した志願兵達は口を揃えて称えるのだ、
「ワルキューレこそが救国の英雄だった」、と。
軍用ホムンクルスは優れた血筋の遺伝子が使われており、一般兵とは比較にならない戦闘力を有している。
獣人型ホムンクルスであれば優れた身体能力で敵兵を兵器ごと薙ぎ払い、エルフ型ホムンクルスであればその桁違いの魔力で戦場を蹂躙した。
そんな一騎当千のワルキューレ達は敵味方問わず、その強烈な印象が広まり戦後も語られることになる。
戦時であれば、人との関わりがあまりない最前線――彼女らの階級が高いのもあって下の階級の者が気安く近づくことはできなかった――だったので負担になることは無かった。しかし終戦後はそうも言ってられなかった。
元上官らの嘆願もあって、凱旋パレードのような本人の望まぬ派手な催しへの強制参加は免除されたが、だからといって熱狂とも言える大衆の熱気から逃れられるわけではない。
ここでも見世物になるのか。
そう気が重くなっていたら甘い香りがソフィリアの鼻をくすぐる。
「……良い匂い」
甘い物に特別執着のないソフィリアであるが自然と匂いのする方――赤い屋根の家へ歩み寄る。
目的の家は二メートル程の木々が整然と並べられた果樹園のようもののすぐ隣にあった。
木々はどうやら全て同じ種類らしく、枝には先端が三つに分かれ
これでジャムでも作っているのだろうか、と見た事の無い木の実をじっと眺めいたソフィリア。そこに家のほうから人が出てくる気配がした。
「気になるなら食べてみるかい? ソルシエールの人」
ブラウンに近い赤毛をした若い女性が人懐っこい笑みで外からやってきたソフィリアを出迎えた。
初対面でソルシエールと呼ばれたことをソフィリアが不思議に思っていると女性は簡単な推理だよ、とでも言いたげにネタばらしを始める。
「ここでそんなお洒落な格好してたらすぐにわかるさ。そもそもローデンリッヒのリスブラン本社に直接依頼したのはあたしだし、その時に
なにせこの辺りは今だに一部の農作業では牛や馬に頼っており、農作物を町まで運ぶにしても馬車を使っている田舎だ。ソフィリアのように垢抜けた格好をしてたら都会から来た人間だと一目でわかる。
「桑を見るのは初めて?」
「桑……ですか」
「そっ、この辺りは養蚕で有名だからね。餌となる桑の木はたくさん育ててるし、水が綺麗なんだ」
女性は適度に熟した桑の実を二つもぎ取るとひとつはソフィリアに、もうひとつは見本を見せるように自分の口に放り込んだ。
それを見たソフィリアも口に含んでみる。
「甘い」
「でしょー。傷みやすくてあんまり日持ちしない物だからね。生で食べられるのは田舎の特権だよ」
酸味が少なく、甘みが強くて食べやすい。
これなら自分と一緒にリスブランへ移った下の娘たちも好みそうな味だと土産にすることを考えるも、日持ちしないと聞いてそれは諦めた。
「
猫族の獣人であるサマンサは耳を忙しなくぴょこぴょこ動かしながら、なにやら期待の表情でソフィリアを見つめている。
「挨拶が遅れました。お客様のおっしゃるとおり、自分は――」
何度も注意されていた一人称が出てしまい、すぐに訂正してやり直す。
「私は人材派遣公社『リスブラン』の
と、カーテシーを行いながら挨拶する。
「うん、頼りにさせてもらうよ」
サマンサが握手にと差し出された手をソフィリアは白手袋を外して取った。
その手を見てサマンサはひどく驚いた。目立った傷が無いように見える体に反して、手にだけはいくつも痛々しい古傷が残っていたからだ。
――――あの人と同じ手。
サマンサをお姉ちゃんと慕ってくれる街の子供とは違う、戦場帰りの兵隊の手である。
歳の近い少女がそんな手をしていることに気付いて、サマンサは三角の耳をペタンと伏せてしまう。
「お客様にお見苦しいものをお見せして申し訳ありません。必要とあれば魔法で隠すこともできるのでいつでも仰ってください」
「見苦しくなんてない! 見苦しくないからそのままでも大丈夫だよ」
引き戻そうとする手を掴んでサマンサは両手で支える。
「……でもお客様は他人行儀過ぎるかな。しばらく滞在するんだから、名前で呼んでくれないかな」
「わかりました――サマンサ『様』」
もっとフレンドリーにしてくれてもいいのに。
様付けにサマンサは口をとがらせて不満を表すが、生真面目なリスブランの魔法使いは青空より深みのある碧眼をまっすぐに向けて、
「私は遊びにではなく、仕事の為にこちらに来ましたので」
と、きっぱり断った。
そんな取り付く暇のない仕事人なソフィリアに依頼の期間である一週間で仲良くなれたらいいなと、依頼人は苦笑いを浮かべた。
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