第7話 ブラックホールに相応しく
1時間前までは散らかっていたホールも、ほとんどの段ボールやゴミ袋がなくなってスッキリとしている。
だが魔枯藻が飛び散った勢いで、床や壁が黴みたいな色に濡れていて、汚れた印象なのは変わらない。
そんなホールのど真ん中、腕組みをした俺と体育座りの魔王の二人で説教タイムが始まろうとしていた。
「魔王。なんで今回もゴミを片付けなかったんだ?」
俺はなるべく感情を抑えて淡々と訊ねる。
「……面倒だからだ」
魔王は流石に俺の怒りを察したのか、ちゃらけた態度を取らずに答えた。
だがその答え自体は、ふざけているようにしか思えない。
俺が片付けない理由を尋ねるたびに、魔王は「面倒」の一点張りだった。
「掃除しに来るたびに言ってんだろ? 片付けない方が面倒だって。放っておいたら新しい魔族が——」
「『人間を襲って、また戦争になる』、だろう」
俺が続けようとした言葉を遮られて、段々と苛立ちが湧いてくる。
分かっているなら、何で片付けないんだ。
もう我慢ができない。
「お前が殺されるんだよ! 何回世話を焼かせたら気が済むんだ!」
「なら我を見殺しにすればいいではないか。世話を焼いているのは、お前の意思でもあるだろう?」
魔王が不敵な笑みを浮かべて、呆れたような目で俺を見上げてきた。
――瞬間的に、俺の中で何かの感情が昂る。
その感情をすぐに言葉にできない。
だが、魔王が向けてくる呆れた表情が、ムカついてムカついてしょうがなかった。
「ああ、もういいよ」
怒りを通り越して呆れる、とはよく言ったものだ。
俺は一体、なんで魔王なんかの世話を何年もし続けてきたんだろう。
もう全てがどうでも良くなった。
「ずっとそうしていたらいいだろ、そのまま惨めにゴミに埋もれろ」
俺は玄関の方を振り返り、視界から魔王を外す。
「お前と和平したいと思った俺が馬鹿だった」
そう言い捨てて、俺は玄関まで進んで扉に手を掛けた。
「勇者よ」
何も聞こえない。聞きたくない。
扉を開けて外へ出ようとした。
「……イッソ」
脚を止めてしまった。
魔王が、俺の名前を呼んできた。
「お前の言う通りだ。我は惨めな存在だ」
その深く沈んだ声音に異変を覚える。
俺の背後から、これまでにないほど重たい気配が漂う。
「我が一番のゴミだ。我こそが、この世で最も不要な存在だ」
「……そこまで言ってないだろ」
「今まで手を煩わせて、本当にすまなかった。我が全てを片付けておこう」
あまりにも自虐的になるもんだから、つい庇いたくなってくる。
自分が甘い人間だと自覚はありながらも、扉から手を離して振り向いた。
が。
そこには魔王はいなかった。
代わりに、床に巨大な黒い魔法陣があった。
「魔王……?」
その魔方陣はゆっくりと渦を巻いていて、ホールに残っていたゴミを吸い込み始める。
それどころか、城中のあちこちの扉が勝手に開いて、様々なゴミが吸い取られていった。
それを茫然と眺めていると、段々と顔が冷たくなってくる。
「……あ、」
俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
それを察した途端、身体が自然と動いていた。
「魔王!!」
吸い込まれていくゴミの中から巨大なマットレスを見つけると、俺はそれを掴みながら渦の中へと飛び込んだ。
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