第2話 エントランスホール

 吹き抜けのホールの床上と壁際には、開封済みの段ボールが乱雑に積み重ねられ、独りでにガタガタと震えて動き出そうとしている。

 さらに周りには食べかす入りのビニール袋が幾つも転がり、その内の20個ほどが丸っこいゴーストの魔物となって、辺りを気ままに漂っていた。

 こうしてゴミが魔物になるのには原因がある。


 まず魔王は無尽蔵の魔力を持ち、それを自然物や死骸に込めることで魔物になる。

 普段は魔王自身が力を制御しているが、今の魔王は無気力だ。

 ただぐうたら寝ているだけでも勝手に魔力が身体から溢れ、魔王が放置するゴミに宿って魔物を生み出してしまう。

そしてこれを放置すると、人間の村まで来て暴れるから駆除が必要になっていた。

「ああもう、世話の焼ける!」

 俺は剣を突きの構えにすると、風船を割るように一体目のゴーストを一つ一つ刺す。

 すると身体に穴が空き、『しゅぷっ』と空気を漏らしながらプラ製の丸皿が落ちてきた。

 ――と同時に、俺は素早く鼻をつまむ。

「うえっ……」

 これまで計11回も魔王城を「清掃」しに行った経験から、身を持って知っていることがある。

 袋を破ると、中から何日経ったか分からない食べ物の異臭が吹き出てくるのだ。

 その濃い悪臭が周りの空気で薄まるのを待つ間、俺は次のゴーストに狙いを定めながら「なぜ1年間も月一でこんなことをしているのか」と情けない気持ちになる。

 魔王と平和条約を結んだのだから、俺は厳密にいえばもう勇者じゃないし、仕事もないはずだった。


「う……えほっ、ごほっ……」

 20分ほど剣を抜き差しして、ようやくホールのゴーストを倒しきった。

 こんな文字通りの“汚れ役”をさせられ、食べかすが付着してしまった剣を「ごめんよ」と手で優しく払う。

 そしてポーションの空きビンだらけの階段をずかずかと上り、魔王の自室の前に立つと、許可も取らずに扉をブチ開けた。

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