赤い星の下にて

革命後の新しい社会における愛の理念の浸透

革命後五年を経た日本人民社会主義共和国、その地平には次第に新しき思想の風が吹き始めたり。この風は、奈緒の演説とその後の議論を契機とし、「愛」なる人間の根源的なる感情を否定せず、これを革命の一部として位置づけんとする潮流なりき。

初めはこの考え、中央評議会内の少数派として囁かれしものに過ぎざりき。されど、評議員の一部、特に若き世代に属する者たちの間にて、「愛もまた人民の力の一部ならずや」との議論、密かに交わされぬ。これを聞きつけた地方の労働者組合や農民協議会の一部にも響き、新しき運動の種子を生みたること疑いなし。

東京市外にて行はれた農民の集会にて、一人の若き農婦が声を挙げたり。

「愛情はただ己が楽しみのためにあるものにあらず。夫と子、そして同志たちを支えんがための力ともなるものなり。これを否定することは、私たちの革命の大義に反するものではないか。」

この言葉、満場の農民の心を打ち、多くの者が賛同の意を示せり。この小さき波紋、やがて国中に拡がり行く様相を呈しぬ。

また、地方紙の一つ「新生活報」にて一篇の論説掲げらる。その筆者は無名なる青年記者にて、文章には次の如く記されけり。

「我らが掲げし理想の中に、愛情や家庭の価値を含まざることは、果たして正しき選択なりしか。我らは今一度考ふべし。革命は自由と平等をもたらすべきものなり。その中に、個々人がその心より生じる喜びと繋がりを認めざるは、かえりて不完全なる解放を示すに過ぎず。」

この文章は多くの民衆に読まれ、都市の工場労働者らの間にて特に支持を得たり。その結果、労働組合の機関紙にも類似の主張が載せられ、議論の幅を更に広ぐ。

中央評議会の討論もこれに応じ、再度行はれたり。評議員の志村忠助、かの青年学識者は立ち上がり、壇上にて語りける。

「同志たちよ、革命が人々の生活を変へたることは確かなり。然れども、愛情を含む根源的なる人間の感情にてすら、革命の力と成し得るものなり。我々はその可能性を軽視せず、むしろ新社会の基盤として、これを更に掘り下げるべきである。」

この言葉には賛否相半ばせり。中村元中尉の如き保守派は、「革命の堅実性を損なふ恐れあり」と主張すれども、若手評議員や地方代議員の一部には深く共感を呼びたり。

この思想、次第に共和国全土に根を下ろしぬ。町の学校では、教師が愛情を社会形成の力として教へ、工場の掲示板には「同志を愛することが新しい未来を築く」との標語が掲げられたり。

奈緒の言葉に始まる此の潮流、それは単なる個人の感情の容認を超え、愛をも革命の一部とし、社会の理想に組み込む新時代の一歩を示したるなり。この運動、やがて共和国の未来を形作る不可欠なる力と化し、奈緒や杉浦の如き個人もその中心にて生き抜きたり。