奈緒と杉浦、講演後の対話

工場労働組合の集会所。夜の帳降りぬる頃、奈緒の講演終わりて、熱気の残る会場には労働者たちの興奮冷めやらず。奈緒は演壇を降り、共に語らんと待ち構えたる者たちに囲まれたり。口調は落ち着き、然れども熱を帯びし言葉は労働者の胸を撃ち、信頼を深めり。


会場の隅より、杉浦慎一の姿現る。彼は評議会の議場より急ぎ帰りしと見え、額には微かな汗滲みたり。杉浦、奈緒に近づき、労働者らの間を割りて軽く会釈す。


「奈緒先生、見事な御講演に感服致しました。労働者の教育、未来への希望となり得る力を、まざまざと示されましたな。」


奈緒、微笑を湛へつつも、その眼差しには静かなる誇りが宿れり。


「杉浦さん、貴方こそ、評議会での日々の活動がなければ、今日この場もまた成り立ちませぬ。私はただ、彼らの熱意に応える一端を担うのみ。」


二人は互いの努力を讃え合ひつつ、傍らの労働者たちは微笑み交し、次第に席を外していきたり。やがて二人きりとなりしその場、杉浦は静かに切り出す。


「先生、今宵の話、私にも深く響きました。教育の力は、ただ工場の中に留まるものに非ず、社会全体を変えるものなり。評議会の中でも、更なる施策を検討致す所存なり。然れども、もし良ければ、先生の御意見を伺いたし。」


奈緒、深く頷きて答ふ。


「私で及ぶ範囲ならば、何なりとお力添え致します。次は、また集会所で話しませう。来週の月曜、夜の時刻はいかがでせうか?」


杉浦、軽く頭を下げつつ、言葉を重ねぬ。


「承知致しました。その際には、労働者たちの声をも反映させ、未来の話を深められたらと願います。」


二人、固く握手を交わし、再び会う約束を胸に秘め、奈緒はその場を後にす。杉浦は立ち去りし彼女の後姿を見つめ、心中に秘めし思いと共に、静かなる決意を新たにせり。

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