赤い星の下にて

伊酉ふみ

本田奈緒、工場労働組合の集会にて講演す

工業学校にて日々勤しみつつ、若き労働者たちに文字と計算の道を開かんとするは、本田奈緒が常の務めなり。その真面目さは評判となり、ある日、工場の労働組合より請われて、夜間の集会にて講を垂れることとなりぬ。


この日の夕刻、工場の広間は煤けた木造の梁を仰ぎ、窓より射し込む薄明かりに霞む。組合員百余名、椅子なく粗末なる布袋を敷きて地に座し、或いは立ちながら奈緒の登壇を待つ。彼らは日中の労働に疲れし顔をしつつも、眼光は鋭く、各々が抱く未来への希望を胸に秘めたり。


奈緒、登壇の前に一息つきつつ、幾ばくかの緊張を覚えたり。しかし、その瞳は毅然として輝き、清らかなる声をもって一言目を発せり。


「皆様、今宵この場にてお話しの機会を賜り、深く感謝申し上げます。私は今日、学ぶことの力、すなわち知識が如何に我らの生活を豊かにし、社会を変革する鍵となるかをお伝えしたく存じます。」


その言葉、真摯にして淀みなく、聴衆の耳に真直ぐ届きぬ。奈緒は農村出身の身にして、かつて地主に苦しみし家族を想い、現今の労働者たちと同じ苦しみを己の過去と重ね見る。その経験に基づき語る言葉は、ただ理論に留まらず、聴く者の胸を打ち、会場の空気を一変させたり。


「教育は単に読み書きの術に非ず、我らの未来を切り拓く道具なり。知識を得ることにより、我らは立場を強くし、社会の不正を改める力を得るのです。」


この演説、彼女の声は高まり、聴衆の中には深く頷き、目に涙を浮かべる者もありき。労働者たちの中より一人、年長の男立ち上がりて曰く。


「先生、われらは日々の仕事に追われつつ、学びの場を持つことも難し。然れど、先生の言葉、我らの胸に火を灯せり。我らもまた学びの道を歩まんと決意致す。」


その声に答えて奈緒、微笑みをもって頷き、講を結ぶに至れり。この夜の集会は、労働者たちの心を結び、工場に新たなる風を吹き込む契機となりぬ。このとき杉浦慎一、群衆の中より彼女を静かに見つめつつ、内心に新たなる感慨を抱きたり。

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