第16話 宇宙へ

 数秒続いた沈黙の後、サザナミは懐から謎の機械を取り出した。

 拳銃のような形をしているが、拳銃よりは丸みのある、ロケットの様なフォルムをしている。


「あくまでも俺の弔い方だが、それで構わないな」


 サザナミが、ゲラの死体にその機械を向ける。

 何をしようとしているのか、夢宙に理解することは出来なかった。しかしこの男ならば、悪いようにはしないだろうという確信があった。


「……頼む」


 真剣な面持ちで告げる夢宙を一瞥し、サザナミは引き金を引いた。


 その瞬間、ヴンという低い音が鳴り、ゲラの周りに光が降り注いだ。

 その光は、サザナミの持つ機械から発射されているようだ。


 その光に包まれたゲラは、肉体も、骨も、血も全て細かく分解され、光の粒になって空へと浮かび上がる。


 サザナミと夢宙が、その星を目で追う。それに倣ってか、ガラガラもその星を観測し始めた。


「ゲラは……宙へ送っている」

「そら……」

「……宇宙だ」


 夢宙の見開かれた瞳に、小さな宇宙が誕生する。

 星が宙に昇るまで、三人はその光をずっと見つめていた。


 そして、その星の観測が困難になった頃、ゲラを送った機械を懐にしまいながら、サザナミが「……これが俺なりの弔い方だ」と静かに告げた。


「す……ご……」


 キラキラと瞳を輝かせながら、尊敬の眼差しを向ける夢宙が「さっすが神様!」と煽てると、サザナミは当然だと言うように「ふん」と息をついた。


「私、神様のやり方好きだぜ! サザナミさんが来てくれて良かった!」

「……そうか」


 サザナミが僅かに目を細め、柔らかい声音で呟いたのを、夢宙の耳は聞き取っていた。


(優しい声だ。やっぱりいい人だな、この人)

「むちゅー」


 ガラガラがペタペタと夢宙に近寄る。


「どうした? ガラガラ」

「おかしい」

「え、何? 私が?」

「違う」


 いきなり喧嘩を売られたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。


「街には、人間がいるもの?」

「……概念の話? いると思うけどなぁ」

「なら何故、いない?」


 ——そういえば。

 あの路地裏に入る前は、この都市を歩いている人間がいた。

 しかし今は、周りを見渡しても人一人見当たらない。

 夢宙は腕時計を確認した。時刻は二十時。


 確かにおかしい。

 遅い時間でもないのに、人間が見当たらないのは。

 それに、得体の知れない生物が街に現れ、こんなに大騒ぎしているのに、騒動になっていない。


 気付いた瞬間、得体の知れない不気味さに夢宙は身震いした。


「何だ。お前たち、気付いていなかったのか」

「か、神様……」


 紫色の瞳が月明かりに照らされて、怪しく光り輝いている。

 サザナミは、猫の頭部を模した謎の機械を何処からか呼び寄せると、手のひらの上に浮遊させた。


「あ、あのぅ……。何がでしょう……」

「神世宗司は何と言っていた」

「えーと確か、計画がどーのこーの……」

「そうだ。そしてその計画は、


 ガラガラが、威嚇するように髪をザーッと鳴らす。

 その音が鳴り響いた瞬間、サザナミの背後から五体の人影が現れた。


 丸い耳を頭部に生やしている者、本来手があるべき部分に頭部をつけている者、目が飛び出ているもの、メカのような体躯を持つ者、腕が鎌のようになっている者——。


 個性豊かなゲラの集団が、サザナミに襲いかかろうと跳躍していた。

 夢宙が危険を知らせるために声を張り上げる直前、ガラガラが夢宙の体を覆う。

 すると次の瞬間、大きな破裂音が鳴り響いた。


「ぐぅっ……‼︎」


 なるべく音を小さくしようと、夢宙は自分の耳を両手で覆った。

 まだ水気のある何かが、地面にベチャッと落ちる音がして、夢宙は恐る恐る目を開けた。


「雨浦」

「うわぁっ‼︎」


 至近距離に見えた紫色は、やけに冷静に夢宙を映していた。

 本気で驚いた夢宙は、ガラガラの腕を強めに握りしめる。


「ゲラには〝コア〟と呼ばれる核がある。そいつを破壊しない限り、ゲラが生命活動を終えることはない」

「……ソウナンデスカ」

「しかし、コアはゲラにしか視認できない。おまけに製造者によって場所が違うんだ。ならば……人間にゲラは殺せないのだろうか」

「ええと……」

「答えは否だ。コアだろうが、コアじゃなかろうが、ゲラそのものを全て粉々に破壊してしまえばいい」


 サザナミが顔を引くと、地面に散らばっているが夢宙の視界に入って来てしまった。


「ア……アァ……」

「大は小を兼ねる。と、言うだろう」

「こ、こわーーーーーーいっっっ‼︎」


 頭が良い人間には、天然由来のサイコパスしかいないのだろうか……と、夢宙はガラガラにしがみつきながら恐怖に震えた。

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