瀬奈の傷口#1
いつからだったのか、私は憶えていない。気づいたときには異性よりも同性の方が好きだったから。
仕事に関係するもの以外、何もない殺風景な部屋を見渡す。テーブルにはさっきまで一緒にいた佐奈のマグカップだけが唯一熱を感じるだけで、無味な息が漏れた。
ここまで何をしてきたんだろう。
偶像と夢を売る今の姿を失くせば、本当に何もない。
お金としか私を見ていなかった両親とも絶縁してしまっていて、本当に何もない。佐奈はずっと一緒と言ってくれるけど、私は心の底から信じられる自信がない。
それに、佐奈は多分知らない。
歌の収録からひとりで帰ったある日、週刊誌の女性記者に私しか知らない関係を突き付けられた。それは楽屋での会話でとても生々しく鮮明に録音されていたボイスレコーダーだった。
まだ世間に公表されていないのは、女性記者の条件を受け入れたから。
迂闊だったと思う。細心の注意を払いながらも、ああいう場では予想ができたのに。
私はまた、私自身の手で大切なものを失うのかもしれない。
まだ温かい佐奈のマグカップを両手で包むようにして持つ。すると、涙が溢れてきた。
「……佐奈、ごめん」
頬を伝い落ちていく涙は、その温もりをゆっくりと奪っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます