瀬奈の傷口#1

 いつからだったのか、私は憶えていない。気づいたときには異性よりも同性の方が好きだったから。


 仕事に関係するもの以外、何もない殺風景な部屋を見渡す。テーブルにはさっきまで一緒にいた佐奈のマグカップだけが唯一熱を感じるだけで、無味な息が漏れた。


 


 ここまで何をしてきたんだろう。




 偶像と夢を売る今の姿を失くせば、本当に何もない。


 お金としか私を見ていなかった両親とも絶縁してしまっていて、本当に何もない。佐奈はずっと一緒と言ってくれるけど、私は心の底から信じられる自信がない。


 それに、佐奈は多分知らない。


 歌の収録からひとりで帰ったある日、週刊誌の女性記者に私しか知らない関係を突き付けられた。それは楽屋での会話でとても生々しく鮮明に録音されていたボイスレコーダーだった。


 まだ世間に公表されていないのは、女性記者の条件を受け入れたから。


 迂闊だったと思う。細心の注意を払いながらも、ああいう場では予想ができたのに。


 私はまた、私自身の手で大切なものを失うのかもしれない。


 まだ温かい佐奈のマグカップを両手で包むようにして持つ。すると、涙が溢れてきた。


「……佐奈、ごめん」


 頬を伝い落ちていく涙は、その温もりをゆっくりと奪っていった。

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