第43話

 軟禁状態なのも、考えてみれば厚生局から匿う意図もあるはずで、むやみに外に出られないことは茜も理解していた。たまの外出時、パーキングエリアで休憩するにしても監視カメラの位置や混雑具合を常に気にしていた。それは自分自身のこともあったかもしれないが、行政の目を欺き茜を秘匿するためにも必要なことだったはずだ。


 巻き込まれたことを棚に上げることもないが、そこまでして、とも思う。

「外出できないのは残念ですけど、だからって……」

「こちらの心配をしてくれているかもしれないけど、気遣いは無用だよ。それは償いにもならない、『劇団』の首魁としての責務だと思っている。それに、これは先に言っておかないといけないんだけど、やってほしいこともあるんだ」


 決意と悔恨とが混ざったような強い言葉が宙を舞った。遅れて飛んできた「やってほしいこと」と一緒に茜のもとに届いたそれらが渦を巻き、茜の周りにまとわりつくようだった。その矜持が本心か、それとも茜を『劇団』に引き込むのが本命か、どちらも秋葉の本懐ならば——。毒を食らわば皿まで、という言葉が脳裏を過ぎる。


「そういうことなら、私もできること、やりたいです」

「ありがとう。それじゃあ、学園祭なんだけど——、ちょうどいいタイミングだな」

 秋葉はそう言いながらスマートフォンを取り出した。電話がかかってきたのだろう。耳にかざし、「いい返事が聞けそうかな」と秋葉が言った。


 相手の声は聞こえない。頷く様子に秋葉の思惑通りなのだと察するが、前後の脈絡が分からないのはあまり気分のいいものではない。これも『あゆみ』から外れたものの宿命なのだろう。

「二階にいるから、上がっておいで」


 秋葉がスマートフォンを上着のポケットに戻す。

「誰に連絡していたんですか?」

 話し方からおおよそ見当はついたが、茜は儀礼的に尋ねた。

「八幡さんだよ。学園祭で『あゆみ』の干渉がなくても茜ちゃんが目立たないようにするには、八幡さんのサポートが一番効果的だろうと思って」


 秋葉が言い終わるのを待っていたようにドアが開き、俯き加減の絵梨香が顔を覗かせた。

「ようこそ」

「歓迎してくれるとは思いませんでした」

 皮肉を返すあたり、絵梨香の秋葉に対する猜疑心は相変わらずのようだ。自分に向けられたものではないのに、言葉の棘が痛い。


「僕は、八幡さんのことも信頼しているつもりだよ。神田先生の存在はあっても、茜ちゃんの友人だからね」

 絵梨香が茜の隣に腰掛けた。思い詰めた横顔は、今ここにいることが本意ではないことを如実に語っていた。絵梨香もまた、『あゆみ』に翻弄された被害者なのだ。自分と違い、正当な手続きを経て『あゆみ』から離脱した絵梨香は、『あゆみ』の内側と外側を行き来している。自分とは違う世界も見ているはずだ。


 本当なら、絵梨香をここで説得して、納得してもらった上で協力を仰ぎたい。秋葉も、自分にその役割を期待しているはずだ。けれど、素直に聞き入れてもらえるのか、自信はない。『あゆみ』を介した関わりしか知らない自分たちに、互いの心根を理解することができるのだろうか。

 それができなければ、とも思う。ここで絵梨香と分かり合うことができないのなら、その先、『あゆみ』からの解放など望むべくもない。今この時が、正念場なのだ。


「揃ったところで、二人にお願い、というか、協力してほしいことが二つあるんだ」

「それ、聞かなきゃいけないやつですか?」

「そうだね、できれば聞いてほしいかな。ここに茜ちゃんがいる意味を、分かってくれると嬉しい」

「その言い方は、卑怯ですよ」


「絵梨香、私も何をするか聞いてないから、まずは秋葉さんのお願いを知らないと、考えることもできないよ」

 人は、考える生き物だ。絵梨香も、それは理解しているはずだ。

「……分かった。それで、何なんですか? 二つって」


「ひとつ目は、茜ちゃんが学園祭に参加するのを手伝ってほしい。僕たちのせいでこうなってしまった手前、もちろん『あゆみ』の修正をして、茜ちゃんが学園祭に行っても問題が起きないように調整するつもりだ。けれど、それだけだとせっかく『あゆみ』を離脱したのに何も変わらない。八幡さんは合法的に『あゆみ』の檻から出ることができる。茜ちゃんには、本当の意味で自由に学園祭を楽しんでもらいたいんだ。できれば、協力してほしいな」


「茜、それは茜が望んでいること?」

「うん。私が言い出したことになってるし、絵梨香と一緒に回りたいなって」

「……いいよ。そういうことならシフトを合わせないと。午前中に店番をして、午後に色々見て回ろう。私のシフトに合わせてもらう方が、『あゆみ』の改ざんが少ないだろうし」


「うん。秋葉さん、それでお願いします」

「了解。午前中に店番だね。それは大丈夫。午後は……申し訳ないんだけど、もうひとつのお願いの方をやってほしいんだ。見て回るのは二日目でもいいかな」

「私は構いませんけど……」

 秋葉の提案に、茜は頷き、チラリと絵梨香を見た。眉がこわばり、眉間には皺が寄っている。

「内容によります」


 冷たく言う絵梨香に、秋葉がひとつ息を吐く。

「悪い話じゃないよ。まだちゃんと決まったわけじゃなくて、明日次第のところもあるんだけど……」

「明日次第って、何があるんですか?」

「実は、厚生局の人たちがここにやってくる」

「厚生局って、吾妻さんが、ですか?」


 絵梨香が反射的に言い、秋葉が頷く。

「店に来るのは二人だけどね。そうか、八幡さんは面識があるんだったね」

「私がここにいるのバレたんじゃ……!」

「その心配はないよ。この一ヶ月、断片的に情報を流して——といっても『劇団』の存在を仄めかす程度のものだけど、それで駅前通りにあるビルに捜索が入る」

「そのビルって、もしかして中山さんがいるところですか?」

 駅の側のビル、と聞いて、思い浮かんだのが中山から手渡された名刺だった。

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