第1話:現象の始まり【前編】
「……最悪だ」
私、
「はぁ……」
今日は9月1日。夏休みが終わって新学期だというのに、この仕打ちはない。変な夢を見てしまったおかげで、新学期の憂鬱が60倍くらいになった。
「──
「あ、ありがとう。お兄ちゃん」
「今日から学校だもんな。いじめられたらすぐに言うんだぞ」
「余計なお世話だよ」
「そうか」
この人は私の兄の
今、ちょうど両親が海外出張中なのもあって兄が朝ごはんを用意してくれている。
「お兄ちゃんこそ、大丈夫なの?家事の時以外ずっと勉強してるイメージしかないけど……友達いるの?」
「ははは。面白い冗談だ。私にだって研究友達がいるさ」
「はぁ……」
兄は去年から大学院に進学した。それも学部時代からずっと特待生で。数学万年赤点の私からすればその頭脳が羨ましい。
……まぁ、兄の生活に全く夢はないけど。
「とりあえず、無理しないようにな。心は治すの大変なんだから」
「分かってるよ」
私は兄が用意してくれた朝ごはん(雑穀米、味噌汁、魚)を食べ、荷物を確認した。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
まだ大学が始まっていない兄に見送られ、私は学校への道を歩み始めた。
***
「というわけでして──そして──えー──それと──」
もう高校二年生だと言うのに、校長の長くてありがたい話は健在だ。こんなもの小学3年には聞き飽きたのだけれど、聞かなければならないのは本当に学校の悪いところだ。
……いや、そもそももっと自由な学校に進学できなかった私の頭の悪さを憎むべきか。
「えー、そしてですね、今日は『新暦305年大災害』から30年の節目になります。皆さんも天変地異には十分気をつけるように。何があるかは分かりませんが、対策することならいくらだってできますからね」
そういえば今日はそんな日だった。30年前なんて、正直生まれてないから何も分からない。あくまで映像で街が破壊されているのを見ただけで、現実味がない。
確か24歳だし、兄も生まれていない。
(……ああ、眠い)
そんなことを思っていると、漸く校長の話が終わった。
全校集会はそれで終わり、私たちは体育館からぞろぞろと出て行った。
「ねぇ、
「え?」
教室までの長い通路を歩いていると、後ろから声をかけられた。私の唯一の友達の
「……いや、どうもしないよ、べつに」
「本当?何かあったんじゃないの?」
「いや……まぁ……強いて言えばちょっと変な夢見ただけだから」
「変な夢?」
「何でもない」
言葉にすると子供みたいで恥ずかしい。
「……あ、ああ、そうだ。今日の数学なんだけど……後でまた答え合わせお願いしていいかな」
「まぁ良いけど……」
結局無理やり話題を変えることしかできなかった。私は兄に「友達いるの?」なんて聞ける立場じゃないことを思い知らされた気分だった。
ガラガラ
教室のドアを開けると、既に半分くらいの生徒は座っていた。皆電子端末を開いて好き勝手遊んでいる。……これ、一応授業に使うという体で持ち込みを許可されているんだけどね。
私も自分の席に腰掛けると、三ヶ月前に買ったばかりの新型電子端末を取り出した。
「……知らなくて良い情報まで本当に色々入ってくるなぁ」
電子端末のホーム画面には、毎回今日のニュースなとが一覧となって表示されるのだが、その量があまりにも多く、結局頭に入らない。
しかもそのほとんどが有名人のスクープとか、遠い街で起きた本当に些細な事件とか、よくわからないランキング記事とかで、はっきり言っていらない。
そのくせその中に世界情勢や国政の重要情報が紛れているんだから、本当に腹が立つ。私の兄くらい頭が良くなかったら全部処理するなんて到底不可能だ。
「……ん?」
そんな中、私はふと1件の記事に目を奪われた。
「N地域の地下深くで、異常なプレート運動?」
「ん?何、どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
『8月31日、天気災害庁はN地域の首都付近にあるプレートが異常な動き方をしているのではないかという新東大学の調査チームの調査結果を公表した』
(なんだこれ。新東大学ってお兄ちゃんが通ってるところじゃん)
私は少し気になって最後までニュースをスクロールしたのだが、結局何を言っているのか分からないので諦めることにした。それに、そろそろ教員が来る時間でもある。
私は電子端末の授業ページを開いた。そしてノートとペンも用意する。
「──は〜い。じゃあ授業始まるよ〜」
チャイムが鳴った。
それと同時に今日も数学の担当である緑川先生が入ってくる。
「じゃ、まず小テストしま〜す」
どこかだるそうで、目にクマのある緑川先生は、容赦のない小テストで有名だった。
『今日も成績が悪くて憂鬱になるのか』そう思って集中を始めたのだが、思えば私は、そんな生活が続いた方がよっぽど幸せだったのかもしれない。
──不意に、体が浮いた。
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