第11話:堕ちた巡礼、マルガレーテ・中
柔らかで冷たい夢を、2つ見た。
家の中に居る。外では、晴れた空の下で沢山の子ども達が遊んでいる。
其れを、お洒落な服を着た大人達が品定めをする様に見ている。
『私』は其れを見て、そっと窓から離れる。
振り返って、壁に背を預けて座り込む処で――場面が切り替わる。
私は家の中に居る。自分の部屋で、1人で居る。可愛い物が、いっぱいの部屋。
ベッドの上には、可愛らしいピンクのワンピース。レースの付いた靴下。お花の付いた、白い帽子。
其れを、私は見ている。着替えなければ。出掛けるから、着替えなければ。
しかし、どうにも着たくない。
じわり、と視界が滲んで来た辺りで――目が覚めた。
流石に3回目なので、覚醒はスムーズだった。昏く黄金を落とす空の下。朽ちかけた死体だらけの視界。
下を見ると、武器を持ったままアルトが横になっていた。目は閉じられているが、呼吸をしている事は分かる。
一応、無事に生き返れたらしい。
―アルト。
そう呼ぶと、彼は瞼を開けて上半身を起こした。
頭を振りつつも、身体を確かめている。
「お、おはよ、う…いやぁ、凄い目に遭った」
何だろうあれ…とぼやく彼に同意を示す。
―ね。あの大きな黒いモノ、何だろうね…。
「うーん、あんなの、外の国でも見覚えが無いなぁ…。そもそも、彼女の中に入っていたにしては体積が…」
明らかに出て来たモノの方が大きい。像と人間ぐらい違う。謎の原理である。
「彼女だけなら、まだ勝ち目はあるけど…あの化け物と連戦だとちょっと考えないと」
そうなのだ、マルガレーテ単体なら辛くも勝てそうなくらいまでは行けた。しかし、あの後に化け物と連戦となると話が変わる。
―このままだと厳しい?
「厳しいなぁ。まぁ、何百回か繰り返せれば、その内彼女の動きに慣れて大して負傷もせずに勝てそうだけど…」
なってしまうのか。それはそれで凄い。
「それは、ちょっと愚策過ぎるか。…さっき拾った鍵で、パスカル殿を助けられないか試しに行こう」
―パスカルを…あぁ、成程。売り物を見てみたいんだね。
そう、と頷きアルトは炎に焼かれる頭蓋骨に触れる。彼の手を舐める様に炎が撫でたが、それらが身を焦がす事は無い。
「あのまま死にまくっても、気分は晴れないしね…俺も痛いのが続くのは嫌だし。えーと確か、転送が出来るんだったな」
ゆっくりとアルトは両の目を閉じた。何かを思い出す様な仕草の後、私の視界が歪む。
この地に来た時と同じ感覚だった。恐らく、別の場所へ転送されている。
視界が暗くなり、何も視えなくなる。しかし、それも数秒の事ですぐに視界は色彩を取り戻した。
―ここは、旧兵舎の篝火?
「そうだね。よし、転送は上手くいったな」
片膝を付いた姿勢から立ち上がり、アルトは鍵束を取り出す。じゃらり、と中々重たそうな音が鳴った。
それを携え、パスカルが閉じ込められている牢屋へと向かう。
「む、先程の御仁。もしや吉報か?!」
牢屋の中で寝転がっていたパスカルは、彼の姿を見るや否や勢いよく起き上がった。
期待に満ちた目を向けられ、アルトが思わず怯む。おどおどとしながら、パスカルを手で制している。
「そ、の。か、鍵束を偶々見つけただけなので、牢屋の鍵穴と合うかは、わ、判らないの、ですが…」
「いやいや。その鍵束には見覚えがあるぞ、恐らくは隊長殿が所持していた物の筈だ! …もしや、本当に新兵舎に侵入したのか?」
大変だったのでは、と心配そうなパスカルに、アルトは頭を振った。
「いいえ。これは、礼拝堂付近の死体の1人が、所持していた物です。…一人だけ、胸当てをした騎士の遺体が在りました」
静かに告げられた事実に、パスカルは拍子抜けしたような表情になる。暫しの黙考の後、そうかとだけ彼は呟いた。
「あぁ…それはきっと、私の知っている隊長殿だ。亡者化した姿を見た時も、些か堪えたが…とうとう死んでしまわれたのか…」
沈痛な面持ちでそう言葉を紡ぎ、彼は手を組んで祈る様に黙祷を捧げる。アルトは急かす事もなく、それを見守っていた。
やがて目を再び開けたパスカルは、わざと明るい調子で話し掛けてきた。
「さ、善は急げだ。小人殿、ちとその鍵束を見せてはくれまいか」
アルトから柵越しに鍵束を渡され、パスカルは鍵に刻まれた記号を順繰りに確認する。
「私では、その鍵束の記号は解読できなかったのですが…」
「心配無用だ。これはな、敵の手に鍵が奪われた際に安易に見分けがつかぬ様にしてあるのだ。城下にて勤めをする騎士等は皆、どれがどれかは覚えねばならぬのでな。我輩も記憶しておる」
そう言うと、アルトに牢屋の上の数字をパスカルは尋ねる。
刻まれた数字を読み上げたアルトに頷き、彼は数ある鍵束の中から1つの鍵を掴んだ。
それを慎重に錠前に差し込む。かちゃり、と鍵穴に嵌まりあっさりと回った。
出て来たパスカルは矢張りかなり大きい。背丈は2mぐらいだろうか。城下町の建築物も彼等に合わせて造られていたので、これが神人の普通なのだろう。
「おお、出れた! 感謝するぞ小人の御仁よ、この恩は決して忘れぬ!!」
「はぁ、い、いえ、その、良かったです」
ぶんぶんと握手され、アルトはそれに振り回されている。見ていて少し微笑ましい光景だった。
「ふむ、して礼だな。君、もしや不死かね?」
と首を傾げるパスカルに、素直にアルトが首肯する。
「あぁ、矢張りそうなのか。ローンウィルでは見かけぬ御仁だしなぁ…この御時世、不死でない小人が神の国を訪ねる事はしないか」
「その、私は外の国からこの地に来た者です。巡礼としてこの度、ロンブラントを回る事になったのですが…」
巡礼、と言葉を反復したパスカルが不思議そうな顔をした。
「…おや、今世の巡礼は、マルガレーテ殿、では…?」
「マルガレーテ…それは…もしや、白い外套に、大鎌の女人ですか?」
アルトは何だか嫌な予感がしているらしい。それは、私もである。
静かに訊かれたパスカルは、おおそうだと破顔している。懐かしむ調子で彼は言葉を紡ぐ。
「そうだ、物静かだが優しい御仁でな。まだ亡者化が周囲で進みだす以前に――…こ、小人殿。何故、悲しそうな顔をするのだ」
「そ、の…」
非常に言い辛そうなアルト。それもそうだ。まさか、騎士団をなます斬りにして、あまつさえ妙な化け物を身に宿して狂ってしまっているなんて事を言えるだろうか。しかし、彼の様子に何かを察してしまったらしいパスカルは改まった調子になる。アルトの肩に手を置き、目線を合わせた。
「小人殿。名前を聞かせて貰えまいか」
「…アルト、です」
そうか、良い名だなとパスカルは呟く。
「アルト殿。どうかマルガレーテ殿に何があったのか、聞かせてくれまいか。…何、この滅びかけの世には残酷な事なぞ幾つでも起こるのだ」
「……貴方は、きっと悲しみます」
高々数分程度のやり取りだったが、パスカルの気性は何とはなしに理解出来る。この素直な男は、知り合い等の無残な有様に傷つくだろう。
それでも、パスカルは半分亡者になった顔で笑う。
「良いのだ。我輩は牢から出れた故、遅かれ早かれその場所を訪れる事になる。何れ悲しむのならば、その悲しみを先んじて報せておくれ」
「…気をしっかり保ってくださいね」
躊躇っていたアルトは、彼の真摯な眼差しに重い口を開いた。出来るだけ簡潔に、先程の出来事を伝える。
始まりの、礼拝堂周辺の下りからパスカルは既に悲しそうな顔になった。最後まで真剣な顔で聞き終えると、顔を手で覆う。
そのまま暫し沈黙していたが、ぽつりと感謝の意を述べて彼は顔を上げた。
「…感謝する、アルト殿。いきなりその光景に遭遇していたら、我輩は取り乱していたに違いない」
その誠実な瞳に、アルトはただ真剣な顔で頷く。
「恐らく、彼女は既に正気ではありません。…パスカル殿、彼女の中に潜むものの正体を、御存じではないでしょうか」
尋ねられたパスカルは、気を取り直した風に記憶を辿った。
「そうさな…外見より大きな図体に、泥に似た質感。そして尋常でない膂力…恐らくは、人の澱だ」
「おり…ですか」
よどみとも読むな、と彼は頷く。
「ロンブラントの中でのみ、存在する病に近いものだ。何時の間にやら人の中に入り込み、内側から食い荒らしてゆく。そうして知らぬ間に人間性を失い、その人物の暗い欲望を増幅させてしまう…そして、孵化するのだと聞く」
「孵化…内側から食い破るあれが、ですか」
「あぁ、霧に呑まれた地域では、あれがたくさん出たらしい。悍ましい事だ」
マルガレーテ殿はもう元には戻れまい、とパスカルは静かに彼女が手遅れである事を告げる。
「…しかしローンウィル内部で、よりによって巡礼であったマルガレーテ殿が人の澱に蝕まれているのか」
「彼女以外には、まだ人の澱に蝕まれた者を見かけていません」
私が気付いていないだけかも、と言い置いたアルトにパスカルはうぅむと難しそうな顔をした。
が、すぐに思い直したようにぽんと己の掌を叩く。
「これはいよいよやも知れぬなぁ…。とあぁ、そうだそうだ、礼をせねば。アルト殿、欲しい物は無いか?」
「欲しい物、ですか」
「何でも良いぞ、ここに鍵が有るからな。武器とか、防具とかもその気になれば揃えられる。戦闘に役立つ投げ物もな」
まぁその辺から集めて来るだけだが、と呆気からんと言うパスカル。それは所謂盗品なのではないだろうか。
しかし、行動が制限されているこちらからすれば渡りに船である。
アルトは少し考えた末に、では長柄の武器は有りますかと尋ねた。
「長柄か…それは、槍や斧槍の類と言う事かね」
「はい。その、彼女と対峙するには直剣だと少々厳しくて…」
腰に佩いた直剣を指し示すと、パスカルは同意する様に首肯した。
「確かに大鎌相手だと厳しかろうなぁ…。よし、少し待っていてくれるか! 不肖パスカル、盗っ人なれども人としての矜持はある。必要そうな品を見繕ってくる故、アルト殿は休んでいてくれ」
言うが早いが、パスカルは鍵束を持ち走り去っていってしまった。後には勢いに置いていかれたアルトが、ぽかんとした顔で固まっている。
が、私が呼びかけたら彼は我に返った。やれやれと苦笑しつつ、篝火に戻る。
―ここで暫く待つ?
「うん。ちょっと休憩しよう」
はぁ、と息を吐くと膝を抱えてぼんやりと篝火の炎を見詰めている。
彼は彼で色々と考えてはいるのだろうが、その全てが私と共有される訳では無い。あくまで彼が『私』に意識して話しかけた内容だけが、聞こえて来るのだろう。根掘り葉掘り聞きたい訳では無いものの…その赤い瞳に憂鬱さが混ざっている様で気にはなる。
ただ、それを尋ねる前に私はふとあの怪物と対峙した際に見た最期の光景を思い出した。燭台の火に怯える挙動。
あの動きを知っているのは、私だけだ。彼はあの時点で肉体を潰されていたのだから。
―アルト。少し良いかい、あの怪物の事なんだけど…。
僅かに垣間見えた怪物の挙動についてアルトに話す。彼は興味津々で私が居る頭上を見ていたが、やがて成程…と呟いた。
「火に怯える…もしかしたら、突破口になるかも」
そう言いながら、彼は鞄の中身をごそごそと漁り出す。火打石やらすり鉢やらが出て来る。仕組みを察してはいるものの、明らかに腰に付けた小さいポーチに収まる量ではない。つくづく不思議な気分になる。
だが、目当ての物は無かったようで腕を組むとアルトはうぅーんと唸った。
―何を探しているんだい。
「や、エンチャントが作れれば良かったんだけど。肝心の松脂が無いな…」
―松脂かい?
うん、と彼は頷く。
「武器にね、少量の松脂と火薬で炎を纏わせたり出来るんだ。それ用の道具を作りたかったんだけど…」
そうそう上手くはいかないなぁ、と難しそうな顔をした。
―パスカルが戻って来たら、相談しようか。
「そうだね…違法だけど商売人だったみたいだし、そう言う素材が残ってるなら売って欲しいね」
謝礼としてその辺りを貰うつもりは無いらしい。アルトの中では、パスカルの救出と言う任務は武器1つ分の報酬で満足な事柄なのだろう。
個人的にはもっと欲深くても良い気はするが…この朴訥さは彼の美点なのかもしれない。
とは言え世の中――いやまぁ私が居た世界とは別の世界なのだが――悪人はたくさん居る。アルトだって生まれ故郷から追放され、育った国では差別の憂き目にあっていた筈なので、悪い大人に何やかんや言われていると思うのだが…何だか人が善過ぎて心配になって来た。
これは、いつか彼が悪人に騙されかけたら私がしっかり釘を刺さねば。…いや、私もそもそも悪人を悪人と見抜けるだろうか…?
ちょっと自分に自信が無くなって来た処で、パスカルがどたどたと帰って来た。
長柄の武器らしきものを数本抱えている。それを地面にがらんと置き、彼はにっかりと笑った。
「待たせたな、アルト殿! 我輩を見ても皆無反応だったから、遠慮なく幾つか調達してきたぞ」
人好きのする笑みだったが、やっている事は紛れもなく火事場泥棒である。ただまぁ、こちらとしては有難い。
「有難うございます」
丁寧に礼を述べると、アルトは慎重に持って来て貰った武器を検品し始めた。
どこかで見た記憶があるのか、私にもどれかどれなのか判る。
アルトは柄の具合や刃こぼれを確認していたが、その内に赤柄の斧槍を拾い上げた。私の世界だと、ハルバードと呼ぶ代物である。
幾分か古めかしい意匠で、他のと比べるとかなり柄が長い。幅広の斧頭で、先端の突起はやや控えめだった。塗装がやや剥げている辺り、新品ではなく誰かが使い込んだ代物なのだろう。
パスカルは休憩なのか、兵舎に残った古ぼけた椅子に座りその様子を嬉しそうに眺めている。彼も誰かの役に立てる事が嬉しいのだろう。
「少し振ってみても良いですか?」
「あぁ、存分に試してくれ!」
許可を得たアルトは、少し離れた場所に立つと軽々とそれを振り始めた。とは言え、斧槍の全長が長い為控えめである。
しかし私でも分かるぐらいには、斧槍を扱うのに慣れている様子だった。
軽く具合を確認していた彼は、満足気ながらも心配そうな表情になる。
「これ、凄く良いですね。しかも戦技が付いてる…誰かの大事な相方だったのでは」
「…あぁ、その持ち主はもう居らぬ。私がこの目で本来の持ち主の死体を確認したのだ…矢張りそれが一番良さそうだな」
したり顔で頷くパスカルは、それにしてもと言い置く。
「アルト殿、斧槍も扱った事が有るのかね? やけに手慣れている様子だが」
「少しだけ、ですけれど。そうですね…直剣と斧槍は、得意な武器になるのかな…」
首を傾げるアルトは、パスカルに改めて向き直る。
「では、これを礼として貰っても良いでしょうか」
「おぉ、勿論だ! …いや、他にも持って行って良いのだぞ?」
1本で良いのか、と言う彼にアルトは頭を振った。
「沢山持って来て頂いて有難くはあるのですが…その、武器を持ちすぎても困りはするので」
申し訳無さそうなアルトに、パスカルは慌てて手を振る。
「いやいや、そこは気にせんよ。しかし、本当にこれだけで良いのかね? 命を救われた身としてはもっとこう、なぁ」
「あ、そうだ…。パスカル殿、その、もう1つ頼み事がありまして」
お、何だねと身を乗り出したパスカルに斧槍を背負いつつアルトが首を捻る。
「その、火属性のエンチャントや、投げ物は在ったりしませんか。もしくは、その材料が欲しいのですが」
「火にまつわる道具か…あぁ、もしや人の澱に対する物かね。確かに火は奴等の天敵だな…」
椅子に座ったパスカルは、少々難しそうな顔をした。
「我輩が投獄される前はそう言った物もあったが…新兵舎には一切無かった。如何だろうなぁ、ちとここの倉庫を探してみよう」
探すのを手伝おうとしていたアルトを制すると、パスカルはまた慌ただしく去って行く。
アルトは笑いつつ、再び篝火の傍に座った。道具一式から、綺麗な布を取り出すと斧槍を丁寧に拭き出す。
「お言葉に甘えて、手入れでもして待つか…」
―果報は寝て待てだね。
「かほ…何だいそれ?」
―うーんとね、私の国の諺…まぁ教訓みたいなものだよ。幸運の訪れは運によるから、焦らずに待てとかかな。
「成程、慣用句みたいなものか…」
良い意味だね、と呟いてアルトは手入れを再開した。
それから暫く兵舎内のどこからかドタバタガチャガチャと騒音が届いていたが、間もなくしてパスカルが再び戻って来た。
「ふふふ、在ったぞ!」
戻って来た彼は煤と埃で若干汚れていたものの、非常に嬉しそうにしている。
大きな布に纏めて来たのか、それを背負っていた。床に降ろして、布を広げる。
「おぉ…」
立ち上がってアルトが覗き込んだ先には、布で封をした小さな壺と油紙に包まれた物体がごちゃ混ぜになっていた。
「どうやら我輩の盗品はそのままにしていたらしい。使えない物も多かったが…ほら、これ等は全て今でも使えるぞ」
「これは…火炎壺と、発火松脂ですね。外の国にも在りました」
「ああ、外の国にも伝わっているのだな。こやつらは便利だからなぁ」
片膝を付いてまじまじとその道具達を見ていたアルトは、そっとパスカルを見上げる。
「これ、売って下さいませんか」
「応とも、幾らでも持って…ん?」
怪訝そうな顔になったパスカルに、アルトはもう一度同じ言葉を繰り返す。
その科白の意味を理解した彼は、困惑した表情に変わった。
「む…いや、し、しかしだな…」
「もしかして、ソール瓶と帳簿が無いのですかね」
「や、それは見付けたので持っては来たが…む、むむ」
駄目ですかね、と困り顔のアルトにパスカルは押されている。
「その…礼としてではなく、対等な相手として取引をさせて頂けませんか。俺は、この国だと味方が居ないのです」
詰まる所、礼を貰ってさようならではなく今後も協力者として居て欲しいが為の提案なのだろう。
打算的でもあり、彼の善性でもあり。これは彼なりの折衷案なのかもしれない。
パスカルはそれでも悩んでいる様子ではあったが、迷子の子犬みたいなアルトの視線にとうとう根負けした。
「…良いのかね?」
「はい。あ、え、えぇと…その、安くして貰えるなら、それはそれで助かります、けど…」
パスカルはその科白に噴き出した。肩を震わせ耐えていたが、堪え切れずはははと爆笑して顔を上げる。
「いや、敵わんなぁ。…あぁ良いとも、我が店にようこそ、お客人よ。初回特典故、少しばかり安くいたそう」
「はい。…宜しくお願いします、パスカル殿」
床に広げた商品の後ろで胡坐を掻いて両手を広げたパスカルに、アルトは控えめな笑顔を浮かべた。
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