冒険の書
三寒四温
プロローグ
南方地方のとある村に俺は生まれた。優しい両親に育てられ、四つ下の妹の面倒は、共働きで忙しい両親に代わってよく見ていた。そのせいか、村の人からの人望も厚く、俺はこのまま恵まれた人生をこの村で過ごすと思っていた。
中には、中央地方に属する王国に行って学校に通って、騎士になりたいと言う者、魔法使いになりたいと言う者など希望満ち溢れる夢を掲げている奴は多くいた。でも、俺にはそのような夢と言える夢は持っていなかった。
中央地方から遠く離れた南方地方の中でもさらに南に属するこの田舎の村から、騎士や魔法使いになれるほど現実は甘くはないし、毎日の農作業や家事で学校に通う時間も暇もない。だからこそ彼らは夢を持つのかもしれない。でも、俺は日々の暮らしにそれなりの満足はしていた。王国のために、世界のために自分の命を捧げるなんて馬鹿げている。この小さな村で平和に家族と友人と共に余生を過ごせばいいではないか。
そうは考えていても上手くいかないのが人生だ。平和など、平和でいるからこそ、その価値に気づけない。小さな村の些細な平和なんて壊れる時は一瞬だ。築き上げるのはこんなにも大変なのに。
西方地方にある魔王城。今は西方地方を拠点に北方地方を攻めていると噂程度で聞いていた。だから、南方地方のさらに南に属するこんな小さな村に、魔王軍直属の兵が攻めてくるなんて思いもしなかった。
数は僅か二人と一匹。魔族の中でも容姿が人に近く知性が高いとされる魔人が二人に、魔人ほどの知性はないが、魔物よりは知性が高く、容姿は魔物に近い魔獣が一匹。王国にいる騎士や魔法使いのような彼らに対抗する力を持ち合わせていないこの村を滅ぼすには十分過ぎるほどの戦力だった。
一瞬で村は焼け、多くの命が目の前で奪われた。闇に包まれた空に舞い上がる炎。泣き叫ぶ子供の悲鳴、瞬き一つで何人もの命が奪われた。俺は動けなかった。魔獣に喰われる者の中には当然、王国に行って騎士や魔法使いになりたいと言っていた者、朝いつもように挨拶を交わした近所のおじさんやおばさん。そして、生まれた時から一緒に暮らしてきた両親。魔獣の口で顔だけを出しながらこちらを見つめる母親の目を俺は今でも忘れちゃいない。
「お兄ちゃん……助けて……」
俺は魔獣に喰われそうになる妹を目の前に、ようやく自分の足を動かした。それはぐちゃぐちゃな泣き顔で俺に助けを求める妹をどうにかしてやろうと思って動かしたのではなく、自分の命が欲しいがために動かす、まさに下衆な私利私欲のための行動だ。とにかく走った。後ろから聞こえてくる悲鳴などは無視して、ただ真っ直ぐ、森の中を。
「グルルルル」
「そうか。一人、逃げたな」
「どうします? 追わせますか?」
「いやいい。それよりも、目的の物を回収しろ」
「御意」
ただ無我夢中で走り続けた。何回日が昇り降りを繰り返しただろうか。足がぼろぼろになって、もう歩くのも辛くなってきた頃、村に着いた。そこは俺が生まれ育った村よりも栄えていて、何倍もの大きさがあった。
「小僧……その怪我どうした!」
とある老婆に話しかけられたところで俺は安堵したのか、意識が飛んでしまった。無理もない。何日も寝もせず、食いもせず、ただ足を動かしていたのだから。
「少しは落ち着いた?」
老婆の名前は、ルコウソウ。この村では有名なお節介なおばさんらしい。
「……はい」
数日間、目を覚まさなかった見ず知らずの俺を看病してくれたのはこのルコウソウだった。老いぼれた彼女の手が差し出す綺麗な器に入ったお粥を俺は受け取り、口に入れた。これまでの疲れが急に出たのか、それとも何日もの間、食べ物を食べていなかったからだろうか、俺は自然と涙を頬に流していた。
「そんなに美味いか。私の作る粥が」
「はい。とても……とても美味しいです」
七歳になったばかりの春。俺は、家族と友人、自分の生まれ育った故郷を見殺しにした。
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