【読切版】オーダー様の主従契約

氷室凛

第1話 魔筆《マギアクイル》


 ジジ……ジジ……

 〜〜♪ 〜〜〜〜♪


 自動書記オートクイルのペン先が波形を描く。それは音色となって広がり街の人々に定刻を知らせた。

 その音に、


「やばい! 始まる!」


 褐色の肌に黒髪金眼の少年──レオはバッと顔を上げた。さらにその両脇で、


「どうしよう、レオ!」

「たいかん式、始まっちゃうよ!」


 レオと手を繋いだ子どもが口々に声を上げる。


 今日はこの小さな王国で新たな王が生まれる戴冠式の日だ。それに伴い、中央広場ではパレードやら屋台やら、さまざまな催し物も開かれる。

 戴冠式自体にさして興味はないが──その周辺のイベントは、孤児院のロクに娯楽のない環境で育ったレオたちには重要だった。


 けれど考えることは皆同じ。

 中央広場へと続く道は人混みで溢れ返り、完全に身動きが取れなくなっていた。


「クッソ、こんな時に魔筆マギアクイルが使えれば……。飛んで行ったり、橋をかけたり、色々できるのに……」


 10歳になると魔法の羽ペン──魔筆マギアクイルが与えられる。それがこの世界の慣例であり、人々は魔筆マギアクイルと共に成長していく。魔筆マギアクイルは持ち主の心をインクとして書き出し──大なり小なり、皆の生活の一部として活用されてきた。


 レオはもう15だ。魔筆マギアクイルを使いこなしていていい年齢、のはずだけど。


「レオ兄、魔筆マギアクイル使えないもんね。こんなに優しいのに!」

「ね! お歌だって聖歌隊の中でいちばん上手なのに!」

「わたしね、この前文字スペルの力が使えたの! ほんのちょっとだけど、『water』って書いたら水が滲んだの!」

「ぼくはね、紙に『bend曲がれ』って書いたら曲がったんだ! 命令オーダーの力かも!」


 先月魔筆マギアクイルを与えられたばかりのふたり言葉に奥歯を噛み締める。それからニコッと笑って、


「すごいなふたりとも! 将来は神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーも夢じゃないな!」


 レオはふたりの頭を優しく撫でた。


「ね、レオも! レオもなるんでしょ、神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダー!」

「ね! 3人でなるんだよね!」

「いや……俺は……」


 最も偉大な魔筆使いたち。


 神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダー


 魔筆マギアクイルの持つ力を極限まで引き出し扱う彼らを、人々は尊敬と畏敬の念を込めてそう呼んだ。そしてそれは憧れの対象であり、誰もが一度はそうなることを夢見て、それはレオだって例外ではなかった──のだが。


(俺はこの年になっても、基本的な技の文字スペルはおろか、ペンからインクを出すことすらできねぇし……。それが神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダー、なんて……)


 15にもなれば嫌でも現実が見えてくる。

 そりゃあ、神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーになれるのであれば、当然なりたい。強大な力で魔筆マギアクイルを振るい、一筆で何人もの人々を助けられるような魔筆使いに、自分もなりたい。


 けれど。実際問題。


 15歳にもなってまったく魔筆マギアクイルを使いこなせていない人間に、神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーなど、なれるわけがない。


神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーだぁ〜〜? やめなよ、あんなものに憧れるのは」

「は!? なんてこと言うんだ! てかオマエ誰だ!」


 突如知らない声が降ってきて、レオはふたりを後ろに庇った。

 声の主は背の高い青年だった。色の薄い金色の長髪に怪しげな紫色の瞳。絵画から出てきたと見まごうばかりの美貌に、レオは少しだけたじろいだ。


「俺はただの通りすがり。神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーになりたいだなんてバカなガキんちょの声が聞こえてきたから、ちょっと口だしちゃった」

神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーを馬鹿にするな! みんなの憧れなんだぞ! それを馬鹿にするなんて──もしやオマエ、混沌黒墨獣爪結社カオスインク・オカルタの連中か!?」

「はーあ? 俺をあんな秩序のカケラもない連中と一緒にするなんて! きみ、頭おかしいんじゃないの?」

「誰が……!」


 レオが再び食ってかかろうとしたとき。


 ──ドゴォンッッ!!


 突如爆音が鳴り響き足元が揺れる。


 人混みに流され、レオたちは中央広場へと続く大きな橋の上に来ていた。その橋の反対側──中央広場へと続く方の橋のたもと。


 その部分が爆発し、大きな炎と真っ黒な煙が立ち上っていた。


「なんだ!? どうした!? 爆発!?!?」

「レオ兄、怖いよぉ!」

「揺れてる! 橋が落ちるんじゃないか?」

「早く逃げないと!」

「おい、押すな!!」


 爆音が収まったあとも足元の揺れは収まらない。

 人々は次々に不安を口にし、我先に橋から降りようと押し合いが始まった。

 混乱が渦巻き1秒ごとに大きくなる中、


「『stop動くな』!!!!」


 声とともにペン先が翻る。


 声の主はあの青年だった。言葉よりも早く大きな羽ペンが走り、stop動くなという命令文が書き上がる。それは辺りいっぱいに広がり、橋を、その上に立つ人々を包み込んだ。


「体が、動かない……」

「でも、揺れも止まった……?」


 強制的に動きを止められた人々は少しずつ冷静さを取り戻していく。

 そんな中、


(なんだ、コイツ)


 レオは目の前の青年をまじまじと見つめた。


(今のは魔筆マギアクイル命令オーダーの力か? でも、命令オーダーってもっと狭い範囲にしか効かないんじゃ……。それに対象は1個ずつで、直接書かないと効かないって……。それをコイツは、1回で、橋とその上の人全部に……!)


 レオがぐるぐる考えている間に、


「思ったより大事おおごとになっちゃったな。さて、行かないと」


 青年はまた筆を走らせた。


「ま、待て! オマエ何者なんだよ!?」

「ちぇっ。あんまり目立ちたくなかったんだけどね。こうなったらそうも言ってられないか。『fly飛べ』」


 青年はレオに一瞥をくれてからふわりと飛んだ。

 そして頭上で叫ぶ。


「俺は神翼大天魔筆十衆グランディクイル・オーダーがひとり! 均衡にして最強。魔筆名ペンネームOrderオーダー!」


 一瞬だけ彼の合った視線。

 怪しく輝く紫色の瞳は──確かに笑っていた。

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