第42話 カラスの将棋を女流棋士達が研究したら
七番勝負第3局を控えて、
「ふぅ」
福岡は大きくなったお腹をさする。
子供が生まれる予定日はクロと七番勝負第3局の少し後。
と言って、いつ生まれても不思議ではない。
「大丈夫?」
誰からも何度となく聞かれていたが、福岡は今回もお腹に手を当てつつ「ええ」と微笑んだ。
しかし微笑みながら発した言葉は厳しい。
「それで、3連敗だったと」
「うう、ごめんなさーい」
「がんばったんですけど」
「以前より強くなってたような…」
クロと対局した3人のうちの1人である
クロと七番勝負で最後に対局する辻井孝太八冠へ報告に行ったとか、タイトル戦の番勝負でおやつに採用されたことから有名になった名古屋名物のポヨリンを買いに行ったとか。
「いやいや、謝らなくっても…」
福岡は明るく笑う。
「クロさんが強いのは分かっていたし、中飛車への対抗策を再認識できただけでも十分」
集まった棋士や女流棋士は将棋盤やパソコンのモニターの周りに集まってクロの棋譜を研究する。特にクロが振り飛車に相対した棋譜が中心だ。
「急戦あり、持久戦あり、相振りもあり、と」
「クロさんの序盤って読めないよねえ」
「後手番の角頭歩、とか?」
「……まさかあ」
集まった中から笑い声が起こったものの、万が一どころか百が一くらいにはありそうだ。
「それで結局どうするの?」
福岡は「うーん」と考える。
「せっかくの先手なんだから、とことん研究するのも手だけど…」
石川のアドバイスにも「うーん」と考えたまま。
「ところでクロさんは福岡さんのことを知っているんですか?」
その問いには愛媛が答えた。
「はっきり知っいてるってところまでは行かないようだけど、飼い主の馬場さんが対戦相手の対局する動画とかを見せているんだって」
「へえ、それで次の相手ってのは理解できるの?」
愛媛がちょっと首を傾げる。
「どうかなあ、鈴香ちゃん、あ、いつのも女の子ね。鈴香ちゃんが『次の相手だよー』とは言い聞かせているそうだけど」
「これまでの浜島三段や蔦本五段も?」
愛媛は「…だって」と答えた。
「それであの将棋かあ」
「辻井八冠みたいに相手を見ての研究はしないって人もいるけど、クロはどうなのかなあ」
「それなりに人は見分けているようだし、鈴香ちゃんの言葉もそれなりに理解しているようだし…」
「ちょっと待って!それなりって、どれくらい?」
「そんなの私だって知りたいよ」
一同がワイワイと相談する。
集まった中にはクロの癖を探す人もいる。
「クロが顔を上げたら悪手ってのは間違いないの?」
「緩手とか疑問手ってこともあるので悪手とは決まっていないけど、クロさんの考える最善手ではないみたい」
「つまり顔を上げさせない指し手を続ける必用があると」
「それができれば良いんだけどねえ」
「他の癖は?」
「うーん…見つからない」
「顔色が変わらないしねえ」
「カラスの顔色が変わったら大ニュースだよ」
クロの棋譜の研究を進めた人からアドバイスがある。
「角交換型はどう?」
「中飛車の側からってことか」
「ゴキゲン中飛車とかね」
「一発入れるなら急戦?」
「むしろ相穴熊は?」
「超手数でとことん引っ張ってみたら?」
「持久戦かあ」
「なら中飛車左穴熊は?」
まるで“船頭多くして船山に上る”のように議論百出する。
しかしこの場における本当の船頭はただひとり。
「思い切って行くしかないか」
福岡がお腹をさすった。
「ところで、クロさんの写真や動画はもっとあるんでしょ?」
それを皮切りにクロの写真や動画の鑑賞会となる。
「見せて、見せて!」
「キャー!カワイイ!」
「本当に首筋だけ白いんだあ」
「フワフワだったよ」
「クチバシはツヤツヤ!」
「私も対戦したいなあ」
「申し込んでみたら?」
「何かのイベントに来てくれないかなあ」
「お礼はチーズ?カニカマ?」
「チャーラとかモンパチとかは?」
「猫じゃないんだから…」
皆が口々に「第3局は応援に行くからね!」と言う。
もちろん福岡の勝利を願ってはいるだろうが、何がお目当てなのか一目瞭然だった。
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