KAGURA -音楽作業員、それは踊る安楽執行人-

Haika(ハイカ)

1

 「はぁ… はぁ… はぁ…!」


 おぞましき者達が、追いかけてくる。


 靴が片方脱げた状態で走る、パジャマ姿の十代半ばと思しき少女のその後ろには、十何人もの黒い影がぞろぞろと迫ってきていた。

 自我を失った弱い呻き声と、鼻につく異臭、そして白目をむいた青白い顔―― それら「ゾンビ」が少女を狙っている。生者の肉体を欲しているのだ。


 少女はボロボロに朽ちた道路上をひたすら走り、たとえガラスの破片を踏んで足の裏が傷つこうとも、ゾンビ達の餌食になるのだけは嫌だと逃げる道を選んだ。


 「きゃ!」


 つま先が道路上の出っ張りに引っかかってしまい、少女はそのまま派手に転倒した。

 少女は自身の上体を起こす前に、後ろを見る。その時点で、すでに多くのゾンビがすぐそこまで近づいてきていた。

 少女は恐怖で起き上がりたくとも起きれず、叫び声をあげた。


 「いやだ! こないでえええ!!」


 ちりーん。



 どこからか、何重にも重なるような形で、綺麗な鈴の音が鳴り響いた。

 ゾンビ達は少女を襲うまさにその“直前”、まるで体内に搭載された機械が新たなプログラミングを受信したようにビクッと制止し、二,三秒ですぐにその音が鳴った方へと振り向いたのだ。少女を襲おうとしたことなど、まるで「なかった」かのように。


 少女は涙目の状態で、身を縮こませていた。ゾンビ達は、音の鳴った方角へと歩いていった。そこから更に別の音色が聞こえてきた。

 吹きはじめにしゃくり・・・・の入ったような笛の音が、和音の如く同時に流れる。そして後から聞こえてくる弦をはじく音――。間違いない。音楽だ。


 「お… 音楽作業員?」


 少女は呟いた。そして、その隙になんとか自身の上体を起こし立ち上がった。

 間一髪、ゾンビ達に襲われずに済んだ。遠くで音の旋律が奏でられている今のうちに、恐怖で腰が引けているが逃げる体勢に入った。その時だ。


 「お嬢ちゃん! こっちだ!」


 今度は別の方向から、黒いロングヘアの男性が声をあげていた。少女はすぐにその方向へと振り向き、死に物狂いで走り出した。

 そこまでの道のりには、ゾンビ達の姿は一切見当たらない。男性はゾンビ達と違い、ちゃんと自我を持っているし襲われている様子もないから、そこへ逃げれば安全だと判断した結果だろう。男性は近くに停めてある戦車に、走って辿り着いた少女を載せるため誘導した。


 「君、足を怪我してるんじゃないか!? すぐに夜間病棟へ連れていくから、安心しろ」

 「うぅ…! 私… 私…!」


 少女は先ほどまでの恐怖で、上手く喋れないようである。男性は無理に聞きだそうとせず、少女を載せるとすぐに自分もその前席に乗って戦車を運転し始めた。

 操縦席には、外の様子が緑色に映し出されたモニターが設置されている。そこに映っているのは、ゾンビ達が向かっている先にぽつんといる、一人の影が踊っている姿。


 詳細は不明だが、見た感じ、少女と同世代もしくはもう少し年上の女性だろうか?

 その者は月光を背に、手に何かを持って歩いている。それでゾンビ達をおびき寄せているのだろう。安全な車内に入り、少しだけ心が落ち着いた少女が静かにモニターを見つめた。


 「だいじょうぶ。うちのカグラちゃんは音楽作業員達の中でも、ゾンビを人々の生活圏から引き離すのに秀でた『踊り子』だ。彼女の持ち物から奏でられる雅楽で、ゾンビ達を安息の地へと導いている。生きて帰ってこれるさ。――ところで君、近くにご家族や友人は?」

 「はっ…! う、うぅぅ… うぅ…!」


 少女は男性から訊かれた質問に対し、言葉にならない嗚咽を上げた。少し思い出すだけで、忌まわしい記憶が甦るのだろう。男性は運転しながら、途端に申し訳ない表情を浮かべた。

 「…すまない」

 そういって、モニターに表示される景色が別の方向へと逸らされる。右折し、この場を後にした証拠だ。


 こうしてまた一人、ゾンビ達の脅威から救われたのであった。




 時は二十二世紀の、荒廃した日本。

 未知のウィルス感染爆発により、ゾンビが蔓延した世界では、人類の生活圏が徐々に失われていた。

 ゾンビが人々に容赦なく襲いかかり、そこからさらにゾンビが増えていく。まさに地獄の世界。だけど、そんな彼らにも弱点はあった。


 それは、“音につられる“ということ。


 人類は死後、最も長い時間にかけて残る五感が「聴覚」だといわれている。だから、完全に死にきってはいないゾンビ達の耳は、なお正常に機能しているのだ。

 そんなゾンビ達の聴覚を利用し、彼らを音楽という武器で誘導し、踊り、人類の生活圏から離れさせていく稀有な存在。それが「音楽作業員」と呼ばれる人達である。


 彼らは地球上に残る数少ない資源や素材を、廃工場などから集め、それらを使って独自の楽器を作るガテン系のエキスパートたち。

 そんな彼らの奏でる雅楽ががくは、ゾンビ達が思わずその後をついて行ってしまう様な、魅力を秘めているのであった。


 音楽作業員達は、常日頃からゾンビ達の好む「音」を追い求め、研究を重ね続けている。

 これは、そんな音楽作業員達の活躍を描いた物語である。


(つづく)

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