第18話 あんな風になれたなら~藤松信義~

 あーあ、退屈なもんだ。高校入ったと思ったらいきなりもろもろの説明が来た挙句テストを受けて最初の一週間が終了、来週から本格的に授業が始まるらしい。今どきここまでチュートリアルがつまんないゲームあるかー?まあいいや、最初の休みは宿題とか考えなくていいわけだし、今日も部屋でゴロゴロするか。この時期は気温安定しないから喉に悪いし、1日天気悪いらしいし。


「兄さーん、いるでしょ?ちょっといい?」

突然部屋の外からノックが聞こえた。声の主は奏世。

「どしたー?洗濯物なら今日は天気悪いしいいって話だったろ?」

「何言ってんの。今日は一緒に演劇見に行くって話したじゃん。兄さんとこの部活が1番最初に出るって話だし」

あーそういえばそうだったな。だから今日なんもなかった訳だ。別にこれがなくても何かあるわけじゃないが…そいや本田さんも行くって言ってたような気がするけど、まあいいか。とりあえず準備しよう。

「分かった分かった、すぐ着替えるー」

「行く前に部屋片づけてから出てきてね。あの状態のまま兄さん連れだしたら私までなんか言われるから」

こりゃまた耳が痛いことを…ただ下手にごねると奏世や母さんが部屋に入ってきそうだし、おとなしくやることにしますか。



 で、なんやかんやあって片付けは無事合格を貰い、その後も着ていく服のチェックで相当時間がかかったが何とか外に出ることができた。中学のころから制服以外ほぼ着ないからこういう時何着ればいいかなんかピンとこないし、「寝ぐせついてるよ!」とか「襟が中入ってるよ!」って感じでかなり細かい。あいにく俺はオシャレに興味ないしなあ。まあ、もう少し身だしなみを意識しろっていうのはそりゃそうか。


 今は駅前のファミレスで飯食って、もう少し時間あるから下の本屋で時間をつぶしている。奏世としては駅前広場に出店が出るのを楽しみにしてたようだが、昨日の夜から降ったりやんだりだったので残念ながらそっちは中止。代わりに母さんがくれた分で腹いっぱい食わせてやった。チケット代込みだったらしいけど、ホームページを見たら俺は学生証見せれば無料らしいので1人分浮く計算だしね。

「兄さん、そろそろ行こうよ」

「え?まだ入場まで30分以上あるだろ」

「早めに並んで少しでもいい席取りたいじゃん」

「まあそれもそうだな。よし、いくか」

劇場がある最上階に着いたときはそこまで人が並んでいなかったが、程なくして大量のお客さんを乗せたエレベーターが到着し後ろは一瞬にして人だかりに。あぶねー、あのタイミング逃してたらと思うと…



 さて、奏世が早めに声をかけてくれたおかげか、後ろのそこそこいい席を取れた。今日の演目は俺が通う高校の演劇部による宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』と、キャラメルボックスさんが演じるオースン・スコット・カード氏の『無伴奏ソナタ』の2つ。過去には同じ劇団がサンシャイン劇場でも上演したという。スマホの電源を切った後、照明が消えるまでまだ時間があったので奏世と一緒にパンフレットを読みながらあらすじを確認する。因みに奏世はこれに加えて原作小説をさっき買っていたようだ。やっぱ真面目だなあ。こんな感じで大まかな内容を頭に入れていると、開演とそれに関する注意を告げるアナウンスが流れ、次の瞬間には会場の照明が全て消えた。この間、ぽつぽつ聞こえていた話し声は少しずつなくなり、場内は静寂の海に包まれていく。そして、遂に幕が上がった。



 1つ目の劇である『グスコーブドリの伝記』は宮沢賢治の代表作の一つで、生前に完成した数少ない作品だという。主人公のブドリは両親を幼い頃に亡くし、妹と生き別れ、務めた工場が火山噴火を受けて閉鎖されるなどの苦難に満ちた人生を歩むが、クーボー大博士との出会いを経て学問を修め、やがてイーハトーブ火山局でひとかどの技師となり妹とも再会を果たす。しかし、27歳の時にかつて両親を殺した大冷害が再びイーハトーブを襲う。ブドリは火山を人工的に爆発させ、気候温暖化を発生させ町を救うべく命と引き換えに火山を爆発させる役割を引き受けた。



 1つ目の劇が終わった後の休憩時間。俺はトイレに向かいながら、胸に湧き上がる感情に耳を傾ける。正直他人が苦手な俺だが、ブドリの姿には言葉では言い表せないほど感銘を受けた。幼いころから様々な苦難と向き合いながらも決して折れずに前を向く姿。仲間のため、未来のためなら自分の命を差し出すことも厭わないその覚悟。やはりグッとくるものがある。とてもかっこいいキャラクターだと思った。


 だが俺は、それよりも、彼の人間性を100%、いや120%引き出し、これほどまでに心を動かした役者さんに、一層強いあこがれのようなものを感じた。俺はこれまでかなり気が弱く、感情を表現することが苦手だった。その結果、おびえたしゃべり方と妙に耳に残りやすい声で揶揄われる原因を自分から作り、気が付くと自分から他者を遠ざけ、周囲との間に壁を作るようになった。


 今見た人たちは俺と1つか2つしか年齢が変わらない高校生。それも、同じ学校に通う先輩とのことだ。舞台の上で浮かべる不安や迷いを一切感じさせないあの表情、自信に満ち溢れた佇まい、そして視線・声・仕草全てを持ってその人物の感情を客席に訴えかけるあの演技力。作中の描写以上に、先輩方のその姿にときめいていた。


「俺もあんな風になれたらなあ」

1人つぶやきながら、自販機で買った缶コーヒーを飲み干して客席に戻る。その胸の中には、確かに憧れという感情があった。   

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