異世界アプリ界隈

伴瀬リカコ

第1話 彼氏の浮気

「どうして?!私の事好きって、大好きって言ってくれたのに!!」


高橋天瑠子てるこは号泣しながら夜の坂道を駆け上っていた。

息が切れても、横腹が痛くなっても、今は苦しみたくて走り続けた。

可愛いパステルピンクのヒールは走りにくかったが、そんなの関係なく走り続けた。


高校では貧乏でスマホどころかガラケーすら持てず、あだ名がモブ子だった天瑠子に、就職先で奇跡的に彼氏ができた。


天瑠子が高卒に対し、彼氏の風祭は大卒。

入社日が同日であったが4歳も年上の風祭は天瑠子にとっては、ずっと大人に見えたし、何といってもハンサムだった。


「漫画の主人公みたいに、誕生日には好きピからアクセをもらって身に着けるのが夢だったのに!!!」


今年こそは、彼氏からアクセをもらって身に着けられるのではと期待していた。


そんな高価なアクセでなくていい。指輪でなくてネックレスでもいい。

ダイヤなんて高価な物でなくていいから、小さな石が付いていれば、何でもよかった。

贅沢は言わないから、小さな幸せが欲しかった。


今日、そんな風祭が同僚の一ノ瀬と手を繋いで歩いているのを見てしまった。


「ラインで出張で疲れたから家に直帰するって、嘘だったの?!」


後をつけてはいけないと思いながら、二人の後をつけてしまった。

二人の入って行った建物の前には、ベッドが大きめに映った写真がモニター上にたくさん並んでいた。

2時間3千円、一泊8千円と書いてあった。


(……ここって何するところなの……)


立ち尽くしていると、たくさんあった部屋の一つがグレイアウトした。


(この部屋に風祭君と一ノ瀬さんが入ったっていう事……?!)


天瑠子は走り続けたが、今まであまり運動してこなかったせいか、ピンヒールが走りにくいのか、顔面から転んでしまった。


(うぅ、痛い……、何もかも痛い……)


膝からも、頬からも血が出ていた。

他の場所からも血が出ていたかもしれないが、気にするつもりはなかった。


大切にしていたパステルピンクのパンプスはヒールが折れていたし、宝物だったブランド物のバックも傷だらけになっていた。


「どうして!!!私がもう少し可愛くて、一ノ瀬さんみたいに頭が良かったら、こんなことにはならなかったの!?」


一ノ瀬は会社の先輩であり、ロングのカーリーヘアーは話すたびに揺れ、魅力的であった。それだけでなく、マスカラ、アイライン、リップ、ネイル、ただでさえ美人なのにしっかり身だしなみを整えており、天瑠子の目には働く女性の先輩として憧れとして映っていた。外見だけでなく、英語が堪能な一ノ瀬は海外との会議で通訳も兼ね議長を務める事が多かった。美しい声で議事進行を務め、多くの男性社員が一ノ瀬の英語力を頼りにしており、とても能力のある尊敬できる先輩でもあった。


「私がもっと美人だったら……仕事ができる人間だったら……風祭君は浮気しなかった……のかな……」


天瑠子は血だらけの膝で何とか立ち上がり、目の前あるフェンスに手をかけた。

フェンスの向こうは崖で、その下に広がる住宅街からは暖かい光が漏れ出ていた。

あの光の中には、幸せな人々がいて楽しく過ごしているに違いない。

ここから飛び降りて、その幸せを壊してやろうか、そんな思いが頭の中をよぎった。


「幸せな恋がしたい……だけなのに……」


ポリプロピレン♪


不思議な音がなった。

明らかに電子音であり、初給料で真っ先にローンを組んで買ったスマホから鳴ったものだ。


ラインやメールの着信音でもなく、聞いた事のない音だったが、スマホから出た音であることは間違いなかった。


こんな時でもスマホが鳴れば気になってしまう。


画面を見ると、トップページの左上に見慣れない黒いアプリがある。

黒い四角の中には、白い線で円が書かれておりその中には複雑な幾何学模様が描かれていた。

こんなアプリはダウンロードした記憶も無ければ見たこともない。

そして、アプリの下には「異世界」と書かれていた。


(こんなアプリあったっけ?)


天瑠子は何も考えずに、異世界アプリをタップした。


すると、眩暈のような不思議な感覚にとらわれる。

頭の中で脳みそが一回転したような感じがし、気持ち悪くなり思わず目をつぶった。

平衡感覚に不安を覚え、しゃがみ込み地面に手をついた。

手にアスファルトの凸凹の感じは伝わっているので、そこが間違いなく地面である事はわかるのに、どっちが上でどっちが下なのか分からず、胃の底からさっきた食べた物が出そうになる。


まもなくして平衡感覚が戻ってきた。

気持ち悪さも徐々におさまり、少しずつ目を開けてみた。

地面からは青白い光がさしていて、自分が光の輪の中の中心に座っていることに気が付いた。


「ようこそ異世界へ。ここはユーヴェリーア王国、大魔法使いクラウディア様の館です」


男の声が聞こえ、そのセリフが終わるや否や光も消えた。

さっきまで崖の前にたたずんでいたはずなのに、建物の中だった。地面もごつごつしたアスファルトではなく、ふわふわした絨毯の上であった。


「こ、ここは?」

「異世界、ユーヴェリーア王国、大魔法使いクラウディア様の館です」

男は同じセリフを繰り返した。

「現実世界で異世界アプリをタップされましたね。

異世界アプリは、絶望を感じた人にのみ現れるアプリです。

 あなたの絶望に応じて異世界で過ごすことができます。

 例えば、

現実世界で貧乏に絶望を感じていれば異世界では金持ちに、

現実世界で自身の容姿に絶望を感じていれば異世界では美人になれる、などです」

「はぁ、異世界……」

頭が付いていけず天瑠子の頭はフリーズしている。

男はどこからともなく鏡を持ってきて、天瑠子の前に置いた。

「ふつうは人間の姿のまま異世界に来られる方が多いのですが、あなたの場合は少し特別なようです」

天瑠子は鏡に映る自分の姿を見た。

透き通る白い肌、すっとした鼻、大きくとがった耳。

一番目を引くのは大きく形の整った目であり、その中には深紅の瞳があった。

髪の毛も瞳と同じ色をしており、サラサラしたロングヘアーはシルクのような輝きを放っていた。

「あなたはエルフに転移したようです」

(これが……私……?)

鏡の前で手を挙げてみると、同じように動く。この人は間違いなく自分である。

(なんて美しいの……)

ファッション雑誌の表紙を飾るあこがれの女優のよりもずっと美人だった。

現実世界の天瑠子の顔は丸い平べったい顔に申し訳程度についた団子鼻であり、今の容姿とはかけ離れていた。


(これだけ美人だったら、風祭君も浮気しなかったに違いない……

この姿で生まれていたら良かったのに……)


◇◇◇

高橋天瑠子は美しい姿のエルフに転移した。


現実世界で絶望を感じた人の前に現れる異世界アプリ。

異世界で幸せを体験させてくれる神アプリに思えるが……


高橋天瑠子は、異世界で美しい容姿で幸せな恋ができるかもしれないが、異世界アプリは決してそうはさせない闇アプリなのである。

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