第3話 学年一位
その日の放課後、僕はいつもとは違う電車に乗っていた。
週に一回しか乗らないせいか、車内アナウンスにはあまり聞き覚えがなく、ほんの少しだけ緊張する。
やがて目的の駅に到着し、改札を抜けると、すぐ目の前にそびえ立つ高層ビルが見えた。
その建物の中へ入り、いつもの教室に向かう。ドアを開けると、案の定、張り詰めた空気が漂っていた。
「はあ、めんどくさいなあ…」
思わず口に出そうになったが、ため息だけで済ませる。
そして、自分の席に座ると、何も考えずに目を閉じた。
「…うがっ」
不意に自分のいびきで目が覚める。ハッとして顔を上げると、先生がこちらを見てニヤリと笑っていた。
「よ、ろん。おはよ。」
先生は僕にそう軽く声をかけた後、すぐにホワイトボードに視線を戻し、生徒たちへ向けて話し始めた。
ああ、そうか。ここは緑鋼会か。
しばらくするとやっと目が覚めて現状を把握できた。
T大,K大などの最難関と呼ばれる国立大学や医学部など。入ればそこにかなり高い確率でそれらに合格できるという塾がある。それが緑鋼会と呼ばれる塾だ。
全国の進学校から優秀な生徒が集まり、講師たちのレベルも他の塾とは比べ物にならない。しかし、その塾に入るには特定の進学校に在籍しているか、入塾テストというものに合格しなければならなかった。
中学一年生だった僕は、暇を持て余していたこともあって興味本位で入塾テストを受けてみた。受かってしまったら、そのまましばらく通ってすぐにやめよう、なんて考えていた。
案の定、テストに合格し、しかもクラスは一番上のクラスだった。
授業を受けてみたが、やはり僕にとっては必要ないものでしかなかった。しかし、先生たちからの圧がすごくて、その塾をやめられず、現在に至る。
塾費用はかなり安く、定期で通える範囲だったので、金銭的には問題ない。
「じゃあ、この問題、前田さんは答え何になった?」
ん?前田?まあ、前田って名字の人はたくさんいるからな。
「え、えっと…B…にしました。」
なんだかおどおどしい声が聞こえる。答えている人も自信はないのだろう。
「…Bはねえ、一番選んじゃダメなやつですねぇ~」
…このクラスでそんなミスがでるなんて珍しい。一体誰だろうか。
声の元を向いてみるとそこには…
「で、なにしてんですか。前田さん。」
休み時間になり、僕は彼女に声をかけた。
「え、えっと…」
「体験授業を受けさせてもらえるっていうから来たんだけど…言われた通りに来たらこの教室で…」
ああ、なるほど。ここで働いている職員も頭のねじが数本抜けているからな。
「あのクラスは大したことないよ~」って言う姿が容易に想像できる。
「そもそも、なんでこんなところに体験授業を受けに来たんだ。この塾のレベルはあまりにも高すぎるぞ。」
「えっと…それは…」
彼女が何かを言おうとしていたが、授業開始のベルが鳴り、先生が教室に入ってきた。
「まあ、残りの時間もがんばれよ。」
僕はそれだけ言って彼女の席を離れた。
授業が終わったのは真夜中だった。終電の心配をする必要があるくらいに。
「で、なんでこの塾なんだよ。」
僕は彼女と一緒に帰路をたどっていた。僕は何もしていないので疲れはないが、彼女はすごく疲れていそうだった。
「それは…」
彼女は悲しそうに、自信がなさそうに。口を開いた。
「私がもっと賢くなりたいから。」
彼女のその言葉には強い意志が含まれていた。
「…もう、十分じゃないか。学校のテストもいいじゃないか。」
実際に、彼女の成績は人並みではない。僕には及ばないが。
あっ。と僕はなんとなく彼女が頑張る理由が想像できた。
「いや、ダメなの。こんなんじゃ、足りない。こんなんじゃ…」
彼女は涙ながら続けた。
「こんなんじゃ、学年一位をとれない…」
僕は返す言葉が浮かばなかった。彼女もそれ以上、何も言わなかった。だから、お互いに何も言わずに家に帰った。
家に帰って、寝る準備を済ませてからベッドにダイブする。
「学年一位…ねえ…」
誰もいないその部屋で僕は一人でそうつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます